理不尽な出来事多しこの世でも解釈一つで明鏡止水・・・藤ひとみ

登山家の田部井淳子さんが20日亡くなられた

1975年に女性として初めてエベレストに登頂され、その山岳史は燦然と輝いています

弥山直下の急登を登り始めると北東方向に大峯の山脈が見えてきます

昭和女子大を卒業後、社会人の山岳会でトレーニングを積み、「女性だけで外国の山へ」との目的で女子登攀クラブ」を創設した

大峯奥駈道の稜線

35歳でエベレストに登頂した後も活発に海外の山に挑み続け、女性で世界初の7大大陸最高峰登頂を果たした

やがて長い木道階段に差し掛かります

70歳過ぎてからも年に5~6回、海岸登山に出掛け60を超える国・地域の最高峰・最高地点に登った

紅葉の合間から雲海が見えてきました

東日本大震災の被災者を元気づけようと、一緒に福島県内の山を登る活動もしていた

Y・H氏のザック何が入っているのかな

著書に「田部井淳子の実践エイジング登山いつでも山を」「エベレスト・ママさん」などがある

正面に大普賢岳が見えてきました

山耀会の事務局がある割烹「味楽房」には、田部井淳子さんがご来店の折に書いていただいた色紙が架けられてあります

女将さんは山耀会のメンバーです

左から大普賢岳1780m、小普賢岳、日本岳1550m(孫普賢岳)、和佐又山1344m

冒険家の三浦雄一郎さんは「いつも前向きでスケールの大きな人だった。山に生き、山に死す」というぜいたくな人生だったのでは」と偲んでおられます

鉄山1563m、奥は山上ケ岳1719m

がんになってからも「病気なんて関係ない。自分は山に登るんだ」と力強く話されていたという

原始の森ですね

生粋の山好き同士で、会えばいつも次にどの山に登るかの話題で盛り上がった

行者還岳1546m

常に明るく、世界中の登山家から愛されました

大峯の木々は岩が好きなようです

「山から教えてもらったことを若い人たちにも伝えたい。登山を通じて被災地に貢献したい」と、今年の7月、東日本大震災の被災地の高校生と富士山に登った際に話されていた、という

共生

心よりお悔やみ申し上げますm(__)m

奈良新聞参考