鳥取中部地震被災地の皆様に心よりお見舞い申し上げます。

30年前、仕事でお世話になった方がたくさんいらっしゃいます。まだ余震が続くかと思います。身の安全第一で乗り越えてください!

斑鳩の苅田に届く鐘の音・・・奈良新聞俳壇より

評:季語は苅田で晩秋。稲のある時も当然鐘の音は聞こえる。苅田となった田に法隆寺の鐘の音は晩秋の澄む空気とともに冴える。斑鳩の深まる秋が伝わる

10月15日(土)午前、車で出社したので、午後は斑鳩ウォッチング

法隆寺CC近くの丘陵地帯から葛城山を臨む

法隆寺と言えば正岡子規が詠んでいる柿

今年も豊作のようです

稔りの秋、背後の山は地図に載っていません

古墳かも知れませんね

瑞穂の国・黄金の稲穂

最初に訪ねた法輪寺は斑鳩の北方に位置し、土地の名によって三井寺とも呼ばれています。三井の地名は古く、聖徳太子が飛鳥より3つの井戸をこの地にお移しになったところから起こったと伝えています

三重塔は斑鳩三塔として親しまれてきましたが昭和19年7月21日、落雷で焼失

直後に再建を発願しましたが、全焼のため国宝指定は解除となり、全国を勧進行脚し独力での再建となりました

戦後の混乱期、高度経済成長による物価高騰などで再建は困難を極め、何度も停滞を見ました

地元の方々や作家の幸田文先生はじめ全国の沢山の方々のご支援により、ようやく昭和51年、竹島卓一博士の設計で、宮大工「西岡常一」棟梁のもと、焼失前の塔と同じ場所に同じ姿で再建いたしました

現塔内には、焼失前の仏舎利を心礎に、釈迦如来坐像と四天王像(平安時代作)が安置されています

風のある日には、天人の楽にたとえられる風鐸の音を聞くことができるのも、再建30余年の若々しい塔ならではの魅力

創建は飛鳥時代に遡り、聖徳太子の御子山背大兄王が太子の病気平癒を願って建立されたと伝えられています

昭和25年の発掘調査では、法隆寺式伽藍配置であること、規模は法隆寺西伽藍の三分の二であることが明らかになっています

平安時代には寺勢が盛んであったことが伺えます