17日、白谷垣内集会所東側にある「鳥見白庭山」碑を訪ねました

周辺は住宅地として開発が進み、ちょっと分かりにくい場所です

白庭台の地名は、古代神話の物部氏の祖、饒速日命に関係する鳥見白庭山に由来する

紀元前1,552,847年1月1日第一次天孫降臨のとき、瓊瓊杵尊の兄・天之火之明尊(あめのほのあかり)が天下られている

さらに、その65万年後の紀元前898,627年頃、火明命(瓊瓊杵尊の長子)の長子・国照宮が天之明尊の養子として天下られている

国照宮は、宮を定めてから、白庭邑において奇玉火之明尊の喪祭りを長く行ったと「秀真伝(ほつまつたゑ)」は伝える

白庭山の比定地は2ケ所ある

国照宮(饒速日尊)が放った3本の矢が落ちた所を白庭山と呼んでいたらしい

さらに、長弓寺の北側にある眞弓塚も白庭山と呼ばれていたらしい

饒速日尊(国照宮)が喪祭りを長い間行ってきたのは、長弓寺の北側にあ眞弓塚と伊弉諾神社(長弓寺にある)においてだろう

生駒山、生駒山周辺は神代史にとって、重要な場所だった

今までまったく気づかなかった古代の歴史、調べてみようと思う

ウィキペディア、月の光参考