恩愛に報いんとしてキリコ立て幽玄の光未来に通ず
小生の実家・尊利地(そりじ)地区では上組と子供キリコ2基が出迎え、村内を巡行しながら総社である住吉神社(里町)へ向かいます
そのお神輿の道先案内役をするのがキリコと呼ばれる奉燈で、高さは6m。ダシと呼ばれる中枢部の前部には、浮き字(慎則誠:しんそくせい=慎みは則ち誠なり)が、後部には神紋(浮き菊花紋)が取り付けられている
(南高四さんの笛で太鼓を打つ若者)
最上部の表ダシには村社の白山神社名が、裏には朝顔の絵が描かれている。住吉神社では4ケ村のお神輿が拝殿に入り、祭典が執り行われます
(耀君も参加)
その間、各キリコは総社前で待機し、祭り太鼓の競演が行われ、前半の山を迎えます
(素早い撥の捌き)
祭事が終わると、総社から頂いたご神火をキリコ奉燈に灯し、4ケ村のお神輿とキリコ5基が、旧南志見中学グラウンドまで練り歩きます
(終始太鼓を打ち続けた高校生の女子⇒皆さん感動してましたよ)
暗闇の中にキリコ灯籠が浮かび上がり、神秘的で幻想的な雰囲気に包まれます
(手の皮が捲れていたようです)
グラウンド前の浜辺に立てられた9mの大松明に火が放されると、キリコは松明の上に取り付けてある3本の御幣を争奪する為、グラウンド手前から走り出し、勇敢な者たちは競って松明の下へ集まります
(大変でしょうと問いかけたら、笑顔で「好きだから」と返事が返ってきました)
松明が倒されると、火の粉の中、竹に取り付けた御幣を奪い合います。手中にした者は自分たちのキリコの上部ダシに取り付け、自分たちの誇りとします
(男子に選手交代)
また、松明が海に倒れるとその年は豊漁、山の方に倒れると豊作と言われている。そして4社のお神輿が海浜に下りて、渚の神事が執り行われます
(愛媛県出身のM・H氏が参戦)
お神輿は、浜での神事を終えると、キリコと一緒にグラウンドを練り歩き、やがて走行し勇壮に乱舞、祭りはクライマックスを迎えます
(真打の南高四さん、年齢を感じさせません)
その後、お神輿はグラウンド内の御仮屋に入場し、祭典が執り行われます。御仮屋での祭典が終了すると、お神輿は翌日の午後まで奉安され、キリコは各村へと帰途につき宵祭りは終わります
(92歳の親父も聞き惚れています)
翌日の31日は本祭りで、渚の神事に続き住吉神社で還幸祭を執り行い、各お神輿は帰路につきます。各神社に帰社すると、それぞれ祭典が執り行われて水無月祭は終わります
(小生も周りに背中を押されて撥を持ちました)
キリコの巡行は笛と鉦と太鼓で囃し、往路はスローペースのデデンコデンデン♫、復路はハイペースのチョチョマ♫で掛け声を掛け合います
(何年振りでしょうか?リズムが上手く合いません)
休む時、走る時の音曲を含め祭囃子は4種類あり、神の巡行路に瑞気を振りまく役を担います。キリコは地区の結束と心意気を祭りの場で高らかに示すシンボル灯とも言えます
(でも、最後は渾身を込めて叩きました)
このような伝統文化を残してくれた故郷に感謝しながら、山耀会の皆さんと一緒にキリコ祭りに参加しました
(地を打つ振動で撥が飛ばされそうになります)
「山に魅て花に授かる情けかな」
宇宙からプラナを、森の精、仲間からの情けを受けて耀こう、をテーマに登山会「山耀会」を主宰する山彦耀(HN)
ムードメーカーの女将さんも挑戦しましたが、滑らかな口ほどに上手くリズムを取れなかったようです
後部幕に山耀会大旗を取り付けました
出発準備完了です
さあ、これから結団式です


















