イチローとのご縁
ヤンキース時代は出番がっても打順はコロコロ変わる。メジャー3000本安打を達成するには数少ない出番で結果を出さないといけない。打席に立ちたいという力みもあったと思う
黒門(5月22日)
愛宕神社を450m下ったところにあります
京口惣門とも呼ばれ。白雲寺京都側の惣門でここからが寺の境内であった

力んでも結果が出ないと体感したはず。いろんな要素がうまくマッチングしたのだろう。今年は余計な力が抜けているようだし、吹っ切れたように映る
中には福寿院・威徳院・長床坊・大善院・教学院・宝蔵院という6つの宿坊が立ち並んでいた。愛宕山は、江戸時代を通じて神宮寺の白雲寺が実験を握る神仏習合の山であった
今年は内野安打が減っている。狙うのではなく、打ち損じが内野安打になる。つまり、今年は打ち損じが少なく確実に芯でとらえているしかし慶応4年(1868)の神仏分離令によって白雲寺は破却。同門は、境内各所に残る白雲寺の名残にの一つである。ちなみに京口に対して丹波口の門もあったが、今は廃材が残るのみである
今日は、彼独自のさらっと記録を抜いてやろうという力みがあり、あれだけ大きく芯を外すのは珍しいが、最後の打席で実績のあるロドニーから打ったことは価値があるすぐ近くに聳える大杉
毎年のようにタイミングの取り方はマイナーチェンジしているが「変わらないすごみ」も感じる満開のクリンソウ
イチローといえどもリズムが良くない時もあっただろうし、誰でも何かを変えたい、試したい時があるものだサクラソウの仲間でせせらぎや渓谷の湿地などに群生する
しかも、彼のバットを操るのは難しい。日本の選手は、打つ選手のバットを使おうとするが、あのバットは常人では使えない愛宕山は雨が多く、大杉の陰で湿地の条件を満たしているから育つのでしょう
あのバットを自在に動かす筋力、コンタクトの能力、それで「イチローです」という成績を残していることが奇跡的だ参道を左手に70mほど入ったところに愛宕ケーブルの跡地がありました
新人王・MVP・を獲得し、シーズン安打記録、10年連続200安打を成し遂げても、ルーチン、ストレッチを含めて変わらない荒神峠案内板
それこそがイチローがイチローらしくいられるゆえんだと思う保津峡駅⇒この日は快晴でした
93年に出会い、テレビ中継で解説した今日の試合で達成したことに不思議な縁を感じている車道へ下山しました(標識は立っていません)
あと21本に迫っているメジャー3000本安打も是非ともクリアしてほしい(新井宏昌)保津峡駅。背後は嵐山
この山中でY・N氏と出会いました
イチローとの最初の出会いは今から20年ほど前、息子が少年野球をしていたとき(小学4年位)神戸スタジアムへ観戦に行った時だ保津峡橋
オリックスは球団改革を進めていた。選手をアナウンスする際、ファーストネームで呼んでいた渓谷
イチロー・スズキとコールされるとダッグアウトから出てきて帽子を取り颯爽と手を挙げた忘れられないシーンだ
保津川の流れ
12年ほど前には、イチローが小学生の時に書いた「僕の夢」の作文を朝礼で使わせて頂きましたプロ野球に入って成績を残し、大リーグで活躍すること、としっかりした字体で400字詰め原稿用紙一枚に書かれてありました
コピーですが、どこかにしっまってあります
峡谷越しに愛宕山が見えました
青文字は、6月17日付スポーツ報知より引用しています