イチローヒストリー
入団2年目の93年、当時の打撃コーチにフォーム改造や足の速さを活かしたゴロを打つ打撃への転換を指示されたが聞き入れなかった
その結果、2軍生活が続いても自分を曲げなかった
天下静謐:世の中が穏やかに治まっていること。1570年、信長が全国の有力大名に上洛を促す書状に使ったようです
愛宕神社の創建は、修験道の祖・役行者と白山の開祖・泰澄による
烏天狗が、愛宕の神の使いとされる疾走するイノシシに跨っています
元は、伊達政宗の家臣・片倉小十郎重綱が奉納した絵馬です

練習嫌い、でもやる時にはやる
合宿所の練習所で、体を動かす姿は絶対見せない。バットを振るのは必ず夜だったという。やる時にはやる。今もこのままの姿勢なのだろう
嘉永元年⇒1848年に奉納されたもの。人物が二人写っていますが、色がぬけて分かりづらい
出番に恵まれない状況の今年、それでも自らの結果で出番をつかみ、たどり着いた4257は偉大だ
左向きイノシシ
愛宕神社は「火廼要慎」の神様とも言われ、「愛宕の三つ参り」として、3歳までに参拝すると一生火事に遭わないと言われる
そういえば、この日3歳までの子供を何人か見ましたよ
イチローには、もう一つの4257が見えている気がする。常識では測れない世界一の打者だからこそ、来年も再来年も進化する道を探し出すのではと思う
愛宕神社、全国約900社の総本社(旧称は阿多古神社)
「ときは今あめが下知る五月哉」
1582年旧暦5月28日(現在の6月末)明智光秀は、本能寺の変の4日前、愛宕神社の西坊でこの連歌を詠んだ。信長に弓を引く決意をした
「やる時には自分でやっています」。そのやり続けた先にあるのが日米ではなく、メジャー通算での4257安打。夢でない、と思わせるだけの説得力がイチローにはある
参拝登山記念碑
明智の系譜は源氏の一門「土岐」氏に連なることから、ときは今に重ねたと言われる
去年は最悪の年だった。速球に詰まらされ、さばききれない凡打をする姿に、反応や切れ味も落ちているのかなと印象を受ける試合もあった。低く鋭い打球が減っていた
240段を降りる
愛宕神社は比叡山とともに平安京の東西を守っていた。当時は神仏習合の影響で「白雲寺」という神宮寺が勢力を持っていた
しかし今年2月のキャンプ直前の最後の国内自主トレでは、切れ味、体の動き、打球の伸び、鋭さ、すべてが違っていた
中間にある鳥居
戦国期までは白雲寺の「勝軍地蔵」が信仰を集めた。武運長久や戦勝を祈願するため、各地の武将が参詣した。家康も幕府を開いて間もなく江戸に分社を建立した
彼の「準備」が出来ていて、出番があれば今年はやるんじゃないかという印象を受けた
下段にある木製灯籠
光秀は亀岡を居城とし地の利を生かせる立場にあり、あやかったのであろう
シーズンに入ってからの5月21日、ナショナルズ戦が転機だ。正左翼手イエリチのアクシデントで、開始数時間前にスタメンが回ってきた
若葉繁れる参道・KP会の皆さん
光秀は連歌の会に先立ち、くじを二度三度引いたという。迷う光秀の心中を窺える
ここからの3試合で、4・2・4安打。出たら結果を出す、というイメージを周囲に印象付けた
初夏の太陽がシダに降り注ぐ
好調の要因は気持ちの面が大きい。ここ数年は感情のコントロールできなかった部分がある
最下段、ここから240段で愛宕大神へ
ヤンキース移籍後、レギュラーでなくなり、毎日試合に出ない時の立ち回りが分からない戸惑いがあったはずだ
愛宕神社の欄間にもイノシシが彫ってありました
イノシシは愛宕の神の使いとされる
