Y・Mさんの軽快な足取り、鍛え方が違いますね

Hさんは花粉症対策万全です
高束城跡の登り口古文書によると、昌泰元年(898)長谷寺に関係した藤原家賢の居所として構築されたのが始まり
高束城跡で集合写真です(下で待機された方は写っていません)その後、室町時代末期の戦国動乱のとき、松永久秀の攻撃を受け、永禄7年(1564)6月1日炎上消失
城主・藤原順賢も討死し、落城したと伝えられる
城の縄張りの痕跡と考えられる山頂は平らに削られており、礎石と思われる石と乗場石と呼ばれる岩石が残る
熊野古道に負けない石畳
日陰の所が濡れており、転びそうになりました
右手に作業場のような小屋が見えます
口倉集落まほろば湖が見えてきます
健やかな成長の願いが込められている
モミジの巨樹