紀の峡(かひ)に青の瀞観るつと思う君が髪よりそよかぜぞ吹く・・・与謝野鉄幹
瀞峡に一輪のツツジ

大地の記憶を辿り、神と出会う大峡谷
神は隠れて守護の世界に棲いせられている。見えない判らないを良いことに人間は勝手次第である
常に見ている。見てござるの事実があって、そっと力を加えることがままあって、人間の世界が保たれているということだろう
この事を思い計ることなく 、見えないことを良い事に自分の思い通りを押し通して他を損なって平然としている無礼な輩が、いつの時代にも存在していて持てる能力を誤って発揮している。戦いの尽きることも止むこともないエメラルドグリーンに映る自然はあまりにも美しい
テレビ、新聞を通じて世界各地の出来事が茶の間で見聞きできる。その中で権力と経済活動に関与する人たち、軍隊を統合する国家、地球環境の破壊等を見れば、人間が一番問題であると思う乗船時間が迫ってきたので遊歩道を下ります
人間とは如何にあるべき生き物かが、把握されなければいけないと思う。動物か霊格者かということだと思うこの上流に吊り橋が見えます
自己内奥に眠る霊性の開発が為さねばならない乗船する前に写して頂きました
一眼レフを持ち歩くと疲れます
そして、自己内奥を究竟して霊性を高めて佛陀となり得た釈迦や、自己内奥の神格に目覚めて神となり得たキリストが、人類史に存在している秘境をめぐる
日月と季節の成り立ちを正確に分類できるならば、数を取ることが自在となったとき、法則を見抜けることになる未完のアート、浸食は今も続いている
数の法則を日と月に依って裏付けた時、この天地の仕組みに気づいたのであろう
それに依って宇宙は物理の世界であって、生命現象は物理現象に裏付けられている。心理は物理である。こう言い切れるだけ、文明社会が進展したということだろう 瀞峡は川のイメージを超えた深大な総延長31kmにも及ぶ
神秘や不思議だけでは真理は見えない峡谷美を削りだすのにどれほどの歳月をかけたのだろうか
青文字は正福寺住職・別府空由氏の「念仏の鉄人」より抜粋しています