17:00ホテル浦島「日昇館」から太平洋の眺め
若山牧水が大正7年、ホテル浦島が赤嶋温泉と呼ばれていたころ、若山牧水は6月3日から3泊した
酒好きの牧水は、熊野灘の鰹と酒さえあれば満ち足りたという


 貴志子夫人に「勝浦という港は今まで僕が見た港のうち一番気に入った港だ。大きくないが水深く千トンくらいの船が横付けになる。港口には形のいい島が無数に並んで、船はその島の間を縫いながら出入りするのだ。」と絵葉書にしたためている  
 ホテル浦島「よもやま話」
新宮出身の文豪・佐藤春夫は、谷崎潤一郎とその妻・千代との三角関係の末、谷崎潤一郎から千代を譲渡された。その舞台の一コマに「赤嶋旅館」も関わる
右手下に洞窟温泉「玄武洞」が見える
他に「忘帰洞」、「遥峰の湯」、「磯の湯」、「滝の湯」、「ハマユウの湯」がある
宴会の前に玄武洞に入った。何とも言えない安らぎを覚えた
  昭和5年7月、潤一郎、千代、春夫の3人で両親に会うとき、赤嶋旅館で宿泊した
5月4日、夜明け

両親との会見後、谷崎は執筆中を口実に二人を残して大阪に帰って行った
潮騒と白い波

JR紀伊勝浦駅前には、佐藤春夫が、谷崎潤一郎の妻と娘を思って作った「秋刀魚の歌」の歌碑がある
光の道
  ホテル浦島は昭和31年12月(株)浦島温泉設立、60周年を迎えている
 昭和40年代には、南紀・新婚旅行ブームで賑わった
狼煙山遊園から那智山・妙法高原
 皇族では常陸宮殿下夫妻、美智子皇太子妃、皇太子徳仁親王がご宿泊されたいます
白い縦線は那智の滝
 大雲取山方向
10年ほど前、本宮大社から小口、さらに小雲取、大雲取を越えて勝浦まで踏破したことが思い出された

 太平洋を背に写しました
 海も耀いていました
出発時間に遅れないよう乗船場へ向かいました