ここにても雲居の桜咲きにけりただかりそめの宿と思ふに・・・後醍醐天皇
花は咲くあの日も歌も忘れない・・・奈良新聞俳壇より
吉野朝宮跡・南朝妙法殿前で集合写真(トイレに並んでいた方はごめんなさいm(__)m)
中千本から上千本の桜景色
蔵王堂の前で、青年僧の山本雄貴氏を見かけたので声をかけさせて頂きましたが、慌ただしくお堂の中に入って行かれました

延元元年/建武3年(1336)、後醍醐天皇は、足利尊氏に幽閉された平安京花山院邸から抜け出して吉野山に南朝を開きました

この皇居跡には当時、実城寺があって、後醍醐天皇は金輪王寺と名前を改め、仮の皇居とした

しかし、願いかなわず3年後ここで亡くなられ、以降南朝は3代続いたが、北朝を擁護する足利義満の講和を受け入れ、57年間続いていた皇室の分裂は1つに戻りました

金輪王寺は徳川幕府によってもとの実城寺に戻されましたが、明治時代に廃寺となった
建物の廊下に仏像などが陳列してあります






