夜桜や妖しい色香で誘う
郡山城は、西ノ京丘陵の南端部に築かれた平山城
明治の館・城址会館

天守台のある本丸を中心として内堀・中堀・外堀によって囲まれた総構えの構造を持つ


天正8年、筒井順慶が入城、豊臣秀長により城郭の骨格が、増田長盛による外堀普請で完成した


関ヶ原の戦い後、一時廃城となるが、大阪・京都に近い要衝として幕府に重要視されて元和元年(1615)に復興


水野、松平、本多といった譜代大名が相次いで城主を務めた


享保9年(1724)以降、幕末まで柳沢氏による安定した治世が続き、江戸時代を通じて大和国の政治経済の中心地として栄えた


平成25年から始まった石垣整備工事は、天守台の石垣に孕みなどの変形が目立ち、崩落の危険が高まったため、石垣を復旧し元の状態に戻すこと、天守台を展望施設として整備するためのものです


2014年度の発掘調査で、天守の礎石や金箔瓦が出土し、郡山城に天守が建っていたことが確認されました


築石、裏込め、盛り土から構成される石垣の内部が見学できます


強固に積まれた石垣も築造された当初の姿をそのまま保つわけではありません


経年変化、あるいは地震や大雨といった自然災害などが原因で、少しずつ変形・変位が進み、孕み、ずれ、割れなどが生じ、崩落の危険が増します


郡山城は近世の遺跡として価値の高い代表的な遺跡であり、奈良県の史跡に指定されています


郡山城天守台石垣整備工事現地見学会資料参考