大和郡山城の桜「柳沢神社」大和また新たなる国田を鋤けば・・・誓子堀端の夜桜天守台石組みが崩れているため工事中です他の城の石垣と比べると小粒です柳沢神社横に聳える楠木(樹齢500年くらいでしょうか?)柳沢神社、祭神は柳沢藩の開祖柳沢吉保公明治13年旧藩士により創建今年のお城まつりは、3月25日から4月9日まで郡山のおいたち:和銅3年(710)、都が飛鳥から平城京に移り、都の南京終には羅城門があって、この都の郊外には大宮人のための保養所「薬園宮」があり、東大寺領清澄庄に属し、寺領「郡山」と呼ばれていました(応保2年・1162)その後、中世末期の混乱期を経て、織田信長と組んだ筒井順慶が大和を統一し、天正8年筒井から郡山に移り、明智光秀の指導で城郭の整備にかかりましたところが本能寺の変から山崎の合戦までの大騒動があり、また順慶の死後、その後を継いだ定次が突然秀吉から伊賀上野へ国替えを命じられました天正13年、豊臣秀長が郡山城に入り、紀伊、和泉、大和3ヶ国で100万石を領し、紀州根来寺の大門を城門にしたり、周辺の神社、仏閣から仏石、墓石等、あるいは春日奥山から大石を切り出し運んで、城郭の大増築と城下町の建築をしました大和郡山城下町マップ参考