十五万石の城下へ花の坂・・・青畝

枝垂れ桜が微風に揺れていました


秀長の死後、増田長盛が20万石で入城し、秋篠川の付け替えや溜池などをつないで周囲50町13間(約5.5km)の外堀を完成させています


徳川時代となって水野勝成、松平忠明、本多政勝、松平信之、本多忠平など徳川譜代の城主の後、享保9年(1724)柳沢吉保の息子・吉里が甲府より15万石で入城し、6代145年間続きました


明治2年に柳沢保申が版籍を奉還し、明治6年には政府の方針より城郭が全て入札売却されました


郡山の御殿桜
天正16年(1588)に、豊臣秀長が多武峰談山神社を郡山に遷座した時に、桜も城内に移したといわれております
18時ちょうど、ボンボリに明かりがともりました


その後、柳沢吉里が入城した時、多くの桜を捕植し、花の時期には藩士や町民の楽しみとなり、御殿桜と呼ぶようになりました


平成2年、郡山城址公園が「桜名所100選の地」に選ばれました


染井吉野、大島桜、山桜、かすみ桜、しだれ桜、(いと桜、紅しだれ、八重紅しだれ)


関山、普賢象、奈良八重桜など種類が豊富で花の期間も長く楽しめます


お城まつりは、3月下旬から4月中旬まで開催されています


工事中の天守台


大和郡山観光ボランティアガイドクラブ案内絵図参考