こもりくの泊瀬(はつせ)の山青幡(あおはた)の忍坂(おっさか)の山は走出(はしりで)のよろしき山の出で立ちのくわしき山ぞあたらしき山の荒れまく惜しも・・・作者不詳
初瀬の山、忍坂の山は家から一走り出たところ、家の戸口を出たところに見える美しく優れた山である。この立派な山をいつまでも保ちたいのだが、年ごとに荒れていくのは、ほんとうに惜しいことである
大和川堤防を歩く。向かいは初瀬の山

PENTAXの撮影はKh氏によるものです
海柘榴市の解説に聞き入る
大和国原を見晴るかすように、青垣の山麓に続く古の道。桜井と奈良を結ぶ35kmですが、桜井天理間16kmを歩く人が多いようです
解説を収録中のI氏(お手数をおかけいたしました)
Tt氏の解説は簡潔で、言語も明瞭でとても分かりやすい
日本文化の始まりの場所と言ってもいい
大向寺橋を渡る
交通の要所であり、人々の交流の場、男女の出会いの場でもあったようです
奈良~難波を結ぶ大和川
地図と解説文が入ったパウチを見ながら解説を聞く
桜並木
古い街並みが残る
552年に仏教が伝来しましたが、すぐに受け入れられたわけではありません。欽明天皇は献上された仏像を礼拝すべきかどうか物部氏と蘇我氏、中臣氏に尋ねました。物部氏と中臣氏は「日本にはこれまでお祀りしてきた八百万の神々がいます。それを改めて新しい外国の神(仏)を拝んでは、国神の怒りにふれましょう」と、真っ向から反対しました。天皇は蘇我氏に仏像を預け試しに礼拝させることにしましたが、国中に疫病がはやり多くの民が亡くなりました。反対していた物部氏と中臣氏は「私たちの意見を聞かなかったからこのようなことになったのです」と言って仏像を難波の堀江に流し、蘇我氏の寺に火をつけて焼いてしまいました。
(奈良県・名所図会参考)
初瀬の山、忍坂の山は家から一走り出たところ、家の戸口を出たところに見える美しく優れた山である。この立派な山をいつまでも保ちたいのだが、年ごとに荒れていくのは、ほんとうに惜しいことである
大和川堤防を歩く。向かいは初瀬の山

PENTAXの撮影はKh氏によるものです
海柘榴市の解説に聞き入る
大和国原を見晴るかすように、青垣の山麓に続く古の道。桜井と奈良を結ぶ35kmですが、桜井天理間16kmを歩く人が多いようです
解説を収録中のI氏(お手数をおかけいたしました)
Tt氏の解説は簡潔で、言語も明瞭でとても分かりやすい
日本文化の始まりの場所と言ってもいい
大向寺橋を渡る交通の要所であり、人々の交流の場、男女の出会いの場でもあったようです
奈良~難波を結ぶ大和川
地図と解説文が入ったパウチを見ながら解説を聞く
桜並木
古い街並みが残る
552年に仏教が伝来しましたが、すぐに受け入れられたわけではありません。欽明天皇は献上された仏像を礼拝すべきかどうか物部氏と蘇我氏、中臣氏に尋ねました。物部氏と中臣氏は「日本にはこれまでお祀りしてきた八百万の神々がいます。それを改めて新しい外国の神(仏)を拝んでは、国神の怒りにふれましょう」と、真っ向から反対しました。天皇は蘇我氏に仏像を預け試しに礼拝させることにしましたが、国中に疫病がはやり多くの民が亡くなりました。反対していた物部氏と中臣氏は「私たちの意見を聞かなかったからこのようなことになったのです」と言って仏像を難波の堀江に流し、蘇我氏の寺に火をつけて焼いてしまいました。(奈良県・名所図会参考)