えにしあれや長岳寺の法の水むすぶ庵もほど近き身は・・・遠忠
遠忠は武人として優れ、十市家の中興の祖
多面、歌人であり、書家でも一家をなし、文武両道に秀でていた
遠忠の歌は「群集類従」に収録されている
すずちゃんと戯れるKtさん

 カメラマン役のKh氏
 土塁解説
 時を、感動を、共有する仲間たち
 南虎口解説
戦闘用の門であり、北城の主要な出入り口
敵兵に逆手の姿勢を取らせる巧妙な仕組みであった
反対側には北虎口がある

  生年が不詳のようです。40代で病没
 龍王山城跡解説
息子遠勝の時、永禄8年(1568)7月末、ほとんど抵抗することもできずに龍王山城を明け渡し、十市平城(現橿原市)に退いた

  龍王山城跡図
これだけの堅牢な城でありながら、籠城戦も行わず秋山氏の手に渡してしまった

  大和一の名城の龍王山城の歴史は50年で終わった
 落城にまつわる幾多の悲しい物語を伝えています
 明け渡した後、松永氏、秋山氏が入城したが、信長により廃城とされた
 2代目遠勝は気が弱かったのでしょうか