玉置神社御神饌
冬枯れて休みし時に深山木は花咲く春の待たれけるかな
22日、十津川・折立線の峠から十津川郷の雲海
山深いことで天下に知られる十津川村は、霊嶽が奢多軽薄の風を遮り、気骨ある人材を輩出してきました
水清くして良き人多し

山門鳥居
第10代崇神天皇が王城火防鎮護と悪魔退散のために、紀元前37年に創建されたと伝えられる由緒ある神社
山深く冷気漲る
山道に立ち並ぶ杉は霧がかかると神秘的な気配をまとい、歩いていると厳かな気持ちになります
玉置山巨樹群で最も大きい大杉
奈良県随一の太さと高さを誇る
胸高幹囲8.7m、高さ40m(平成9年測定)
最も樹齢が古い神代杉
樹齢3000年、胸高幹囲8.3m、高さ20m
マムシ草の花
傍に咲いていました
何人集まればこの太さになるでしょう
標高1000m付近に鎮座する 玉置神社
役行者や弘法大師も修行に立ち寄ったと伝えられています
熊野三山の奥の宮ともいわれ、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンにも掲載されました
神無月時雨降るやに棲む月は雲らぬ影もたのまれぬかな・・・西行
西行が訪れた際に詠った句
玉置山頂1076m
別名:沖見山とも牟婁嶽とも
奥駈道、北に笠捨山1352m、南に大森山1076m
シャクナゲロード
大峯山脈一帯はシャクナゲが多いが、その中でも玉置山は際立っているように思う
5月中旬から下旬のかけて見頃を迎えます
勧業山記念碑
幕末、十津川郷士は京都に出て勤王運動に従った。この為維新後、山林は荒れ失業者続出し村は疲弊した。この窮乏を救うため勧業資金を借り、554町、300万本の杉檜の植栽に当て明治27年完成した
宝冠ノ森
宝冠を戴く胎蔵界大日如来が垂迹する聖地
南側は急峻な崖となっており、近づくにつれ馬の背になる
鎖場が数か所現れてきます
最鞍部
ここで引き返すことにした
1064mピーク
帽子と鉦を枝にかけ宝冠の森に見立てました
岩峰からは瀞峡を眼下に、大雲取山、熊野灘が一望できるいう
西ノ峰1123m、蛇崩山(だぐえ)1172m、笠捨山1257mや蛇行する熊野川を地図を広げて眺めました
時間があれば連載してみたい
山もたくさんあるが、歴史に名を刻んだ十津川郷士にも触れてみたい
山耀会でも是非催行したいと思っています
冬枯れて休みし時に深山木は花咲く春の待たれけるかな
22日、十津川・折立線の峠から十津川郷の雲海
山深いことで天下に知られる十津川村は、霊嶽が奢多軽薄の風を遮り、気骨ある人材を輩出してきました
水清くして良き人多し

山門鳥居
第10代崇神天皇が王城火防鎮護と悪魔退散のために、紀元前37年に創建されたと伝えられる由緒ある神社
山深く冷気漲る山道に立ち並ぶ杉は霧がかかると神秘的な気配をまとい、歩いていると厳かな気持ちになります
玉置山巨樹群で最も大きい大杉奈良県随一の太さと高さを誇る
胸高幹囲8.7m、高さ40m(平成9年測定)
最も樹齢が古い神代杉樹齢3000年、胸高幹囲8.3m、高さ20m
マムシ草の花傍に咲いていました
何人集まればこの太さになるでしょう
標高1000m付近に鎮座する 玉置神社役行者や弘法大師も修行に立ち寄ったと伝えられています
熊野三山の奥の宮ともいわれ、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンにも掲載されました
神無月時雨降るやに棲む月は雲らぬ影もたのまれぬかな・・・西行西行が訪れた際に詠った句
玉置山頂1076m
別名:沖見山とも牟婁嶽とも
奥駈道、北に笠捨山1352m、南に大森山1076m
シャクナゲロード大峯山脈一帯はシャクナゲが多いが、その中でも玉置山は際立っているように思う
5月中旬から下旬のかけて見頃を迎えます
勧業山記念碑幕末、十津川郷士は京都に出て勤王運動に従った。この為維新後、山林は荒れ失業者続出し村は疲弊した。この窮乏を救うため勧業資金を借り、554町、300万本の杉檜の植栽に当て明治27年完成した
宝冠ノ森宝冠を戴く胎蔵界大日如来が垂迹する聖地
南側は急峻な崖となっており、近づくにつれ馬の背になる
鎖場が数か所現れてきます
最鞍部ここで引き返すことにした
1064mピーク帽子と鉦を枝にかけ宝冠の森に見立てました
岩峰からは瀞峡を眼下に、大雲取山、熊野灘が一望できるいう
西ノ峰1123m、蛇崩山(だぐえ)1172m、笠捨山1257mや蛇行する熊野川を地図を広げて眺めました
時間があれば連載してみたい山もたくさんあるが、歴史に名を刻んだ十津川郷士にも触れてみたい
山耀会でも是非催行したいと思っています