舒明、皇極2代の天皇の世に、国の政治を欲しいままにしていた蘇我蝦夷、入鹿の親子を討伐し、政治を改革しようとした中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足(藤原鎌足)が、西暦645年5月に藤の咲き乱れる多武峰に登って「大化改新」の談合を行ったことから、談山、談所ヶ森と呼ばれるようになった

 御談所の碑があるこの山から、さらに奥へ5分ほど行くと御破裂山に着く
 自然林の茂山には墓があり、藤原鎌足の墓と伝えられている
 眺望絶景で、大和平野、大和三山、葛城連峰が一望できる
今回は予定が2時間以上遅れたこともあり、登頂を断念しました
境内から御破裂山に登るには拝観料500円が要ります
  梵字
 摩尼輪塔
 寺伝によると、中臣鎌足の死後、長男で僧の定恵が唐から帰国後に、父の墓を摂津安威からこの地に移し、十三重の塔を造立したのが発祥である
 天武9年に講堂が(現在の拝殿)が創建され、妙楽寺と号した
 拝観料500円を払い、本殿・拝殿を参拝

この石段を、20歳過ぎたばかりのTyさんと競争することになりました
  小生は2段ずつ駆け上りましたが、年齢差は如何ともし難く敗北
若さは素晴らしい(*^_^*)