月と日の昔を偲ぶ湊川流れて清き菊のした水・・・坂本龍馬
20日、湊川神社近くの「國」で同期会が行われた
ちょっと早く着いたので、参拝することにした

なでし子にかかる涙や楠の露・・・芭蕉
楠木正成公を熱烈に崇拝していた吉田松陰は、楠公墓前に4度参詣している
身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留めおかまし大和魂・・・松陰参拝の際に買い求めた墓碑の拓本を表装して松下村塾に掲げ、久坂玄瑞、高杉晋作、入江九一、吉田稔麿など多くの門下生に楠公精神を説き尊王攘夷に駆ける門下生を奮起させた
七たびも生き返りつつ夷(えびす)をぞ攘(はらわん)こころ我忘れめや・・・松陰上記2句は楠公を強く意識した歌
吉田松陰を吉田松陰たらしめたのは、楠木正成への尊崇の念といっても過言ではない
湊川にてみなと川身を捨ててこそ橘の香しき名は世に流れけん・・・久坂玄瑞楠公精神は志士のみならず、忠義と至誠の象徴として多くの人々の心を鼓舞しました
あた波をふせきし人をみなと川神となりてこそ世をまもるらむ・・・明治天皇西郷隆盛、伊藤博文、木戸孝允、大久保利通、三条実美、真木保臣ら、多くの勤王の志士たちの精神的支柱となりました
桜井のその別れ路もかかりけむいまのわが身に思ひくらべて・・・入江九一明治維新の礎となった大楠公墓所
日頃ながさん私の涙、何故に流るるみなと川・・・吉田稔麿楠木正成は延元元年(1336)5月25日に御殉節せられて後、150有余年を経た元禄5年(1692)12月21日、徳川光圀公によって墓碑が建立された
湊川神社の後ろにある神戸中央体育館
灌笑盡娯
喜び、笑い、有らんかぎりの楽しみをきわめる・・・人生は
20:30分、神戸駅から帰途につきました
明日より、第86回山耀会「蓬莱山」を連載します
是非、ご覧ください!