平家にあらずんば人にあらず
権勢を自由に振る舞った大納言・平時忠は壇ノ浦敗戦後
能登に配流された

姉・時子は清盛の妻、妹・滋子は後白河天皇の女御となり憲仁(後の高倉天皇を産んだ

権勢を振るい正二位権大納言まで登りつめた

 源義経は娘婿であった

丸に揚羽平家の家紋

住居跡

周囲の田圃は耕作されていません

現在の当主は第28代
当家の末裔・則貞家によれば、源氏の監視を逃れて当地に居を構え子をなし、元久元年(1204)年4月24日に没している


もう萩が咲いていました


三つ子浜設けられている揚げ浜塩田
背後は白崎


代々の墓がひっそりと佇んでいる