「やればできる」というのはとんでもない思い上がり。努力で為し得ることには限度があり
人間はその分際(身の程)を心得ない限り
決して幸せには暮らせない・・・曽野綾子
岩の間から茎を延ばし咲く花

 何て花でしょうか?
 山伏とは真如法性の山に入り、無明煩悩の敵を降伏するの義
修験道とは修行を積みて、その験徳を表す道にて候

  訳:山伏の字義は、真実永遠の世界である山に入り
迷いの根源とそこから生じる心の汚れた働きを屈服させることである

 それが出来るのは山は曼荼羅
すなわち神仏の世界故である

青空に聳えたつ釈迦ヶ岳(暗)
  また修験道とは峯中修行によって験力を得て
加持や祈祷において霊験を示すこと

青空に聳えたつ釈迦ヶ岳(明)
  験力とは、現代風に言えば霊能力、超能力といえようか
尾根道であっても巨石がゴロゴロしています
  人は本来、仏と同じ仏性を持っている
自然の共生
  ところが迷いの雲に覆われて悪い業を作り本性を曇らせている
大日岳・岩の崩落
  修行してこの曇りを磨き、悪業を離れ清らかな本心を発揮する
なにか、夢の中で歩いているように錯覚する
  そして仏教の徳を顕すことが修験である
菅笠、誰が掛けたのか
  役行者は17歳の時に葛城山系に入り修行
葛城28品に法華経1品毎に埋納した
19歳になると大峯山系で修行し密教の峯として拓きました
大日岳への登り口

 
「熊野、修験の道を往く」参照