人生の本当の意味は苦しみの中にある
・不幸のない家庭はない
・うまくいかない時は「別の道を行く運命だ」と考える
・人間は死の前日でも行き直せる
・生涯における幸福と不幸の量はたいてい同じ・・・曽野綾子
16世紀、宣教師たちの間でも前鬼はよく知られていたようだ

グスマンという宣教師は「彼らは日本において最も悪魔と親密な家族である」
深仙宿でこの日初めて人に出逢った
カップルで沢を登り、食事を摂っているところを写させて頂きました
足元は地下足袋です
「そのため屢々悪魔と交わり、岩間に生活して村落には出でず」草鞋も持っておられました
「従って彼らのいるところは誰も知らない」護摩焚き場
「この前鬼は一目見ただけで恐れと嫌悪を感ずるほど奇妙で醜い容貌をしている」深仙宿小屋
「髪を乱し、彼らの行き過ぎた後には烈しい施風のような騒音が残る」四天岩
グッスマン著・新井トシ訳「東方伝道史」より散々である
釈迦ヶ岳の土台です
しかしこの話は、キリシタンに改宗した山伏から聞いた話だという
山伏やましてや 一般の人々にとって、前鬼の人々は畏怖と神秘の念を持たれていたのだろう棒のような石は、一郎岩か、二郎岩か、三郎岩か
前鬼の五家が現在の場所を居所とする前は、三重滝の近くに暮らしていたとの説もあるひっそり咲いていました
その場合、窟を住まいとしていたのかもしれない。まさに「岩間に生活」である蘇莫岩の辺り
「
「熊野修験の道を往く」参照