「汝らは後世、大峯修行者のためにこの地に留まって子孫を残し、峯中を守護し修行者を誘導せよ」
靡29「前鬼山」であるが、深い山を歩いて来た身には里そのものである
この部落はたった5軒千年以来殖えもせず、鬼熊、鬼上、鬼継、鬼助、鬼童の五鬼をもって名となし、皆鬼のついた姓を名乗る
すべて天下不入の連中で、昔から宗旨のなければ年貢も地頭もなく、ただ両御門主(聖護院と三宝院)のご支配という
こういう土地が日本にあろうとは、さしも大旅行家も今まで露知らず、さては不知に満つるかなと感心した
雄仁法親王の侍医は「文化度此の辺にて紛失の人あり」と随伴記に記している
なぜこんな集落が生まれたのかやはり淵源は役行者だ
彼は昇天するに先立ち前鬼・後鬼に冒頭の言葉を命じた
だ
そして続くこと61代しかし明治時代から退転が始まり、現在は小仲坊のみとなってしまった
小仲坊に供えられていた書籍を参考にしています