人には柔軟性がある。これしかできないと、決めつけない
完璧ににできなくたっていい。人生の楽しみは無尽蔵・・・篠田桃紅
関宮町により建設された氷ノ山越避難小屋
中は綺麗に使われていて、男性が1人読書をされていました

巻頭の言葉:篠田桃紅さんの「自分に由る生き方」を紹介しながら氷ノ山を目指します

 自らによって独立独歩で自由に生きてきた
2015年3月28日満102歳になられた篠田桃紅さんは、今も南青山の自宅兼アトリエで、午前中・毎日制作にあたっている
  誰でも自由に使え
ますが、利用ルールがあります

「筆とれば思い生ず」
筆を手に取れば、思う線や形が自然に流れ出てくる
この歳ですから大作を創り終えるとさすがに少し疲れますが、無心で作品に立ち向かっています
 
備え付けの使用簿に記入しなければなりません
  備え付けの毛布などを使用した時は必ずもと通りに片づける
「常識は創造とは無縁です」
世の中の価値観は変わっていくから、私の作品は後世に残るのか消えてしまうのか、誰にも予測できません
でも、やりたいことを自分流にやってきた私の作品を受け入れ、何かを感じ、力にしてくれる人たちがいる
だから一生懸命取り組んでいますよ
 
火気を使用した時は完全に始末すること
美術の団体にも、書道の団体にも属さずに創作を続けてきた
ずっと独身です
 
ゴミ・残飯・不用品などは必ず持ち帰ること
兵庫県下の高校の山岳部の皆さんが風のように通り過ぎて行きます
若い人は歩くのが実に早い!
 「自由に生きてきました。自らに由って独立独歩で作品を作り、生きて来たのです。20代で第2次世界大戦が始まった。不自由な時代でした。日本全体が何だか窮屈で、女性は結婚して家庭に入るのが決まり事みたいになっていました」 
次の人が気持ちよく利用できるよう綺麗にして帰りましょう
鉢伏高原
 自由への憧憬
24歳で実家を離れて自活しました。先生にお許しを頂き、弟子をとって書道を教え始まましたが、間もなく、この世界の決まりごとに退屈してしまう
 
小屋を出る時は1階、2階の窓、入口戸を完全に閉めて出てください
 その頃は平安時代の名書を写すのが書の常道でした
でも自分の線が引きたくなった。川の線は3本線、でも無数に引いてもいいんじゃないの
そんな思いが湧き起ってきた
板の道=とても歩きやすい
  約束事に縛られず思うままに書きたい
自分に由る生き方の出発点でした
天気予報が外れ、予想外の好天に恵まれました
  独り立ちしたものの、苦難の連続
戦争中結核を患い九死に一生を得た
ブナの成木
  青文字は、日経新聞「篠田桃紅」さんに聞くより抜粋