天上は暗きところか飛花落花・・・日経俳壇より
心が暗闇であれば暗くなります
あなたの心一つで開かれる
空海は遣唐使として唐に渡り、20年のところ2年で真言密教の全てを修得し、恵果上人より8代大阿闍梨「南無金剛遍照」の称号を授かりました
高野山にて即身成仏、1200年経ても僧侶はもちろん、日本人だけではなく人類の支柱となり続けています
空海はまさしく千年に一人の逸材といえます
八葉の峰を代表する高野三山「摩尼山・楊柳山・転軸山」を踏破し、蓮の花が開いた高野のうてなに広がる世界遺産の数々
奥の院・金剛峰寺・壇上伽藍・金堂での1200年式典など数多く見ることが出来ました
弘法大師から直接パワーを頂き、日々の活力となっています

京からのジョイントは東高野街道~堺~西高野街道~橋本を経て高野山に登ったのでしょう
現代では、大阪なんば~奥の院前までちょうど2時間、昔は大変だったことが想像されます
空海の母君は息子に会うため何回か高野山を訪ねている承和1年(834)、大師の母が讃岐より九度山に移り住み、翌年2月に入滅されました
※九度山の地名は母が九回訪ねたことに由来します
大師は九度山に廟堂を建立し、弥勒慈尊を安置し、母の法号慈尊院をとって当寺の院号とした
九度山は弘法大師が、高野山開創の時、高野山への要所にあたるこの地を建設の基地として一宇を建立また高野山一山の庶務を司る政所を起いたことでもしられている
これまで高野山には十数回訪ねているが、今回改めて高野山の地理と歴史について学ばせて頂きました
何か世界観が、宇宙観が変わったように思えてきます
明日は、空海ゆかりの西の高野山・五島列島福江島にある「大寶寺」を紹介いたします