そっと抱く孤独それぞれ花の雨・・・日経俳壇より
午前6時、静寂の高野山に鐘の音が響き山内の各寺院では朝の勤行が始まります
この神聖なひと時を体感できるのが宿坊ならではの魅力です
高野山には現在117の寺院があり、そのうち参詣者や観光客が宿泊できる宿坊は52ヶ寺
835年、空海は予言通り入定(ここでは宗教的瞑想)しました
弟子たちは入定した空海を現在の奥の院の「御廟」の地下にある石室に移して生前と同じようにお仕えしたそうです
 空海は死んだのか?
空海は死んだ。しかし死んだのではなく入定したのだという事実、もしくは思想が高野山にはある(空海の風景より)

  言い伝えによれば空海の入定後、80年以上経った延喜年間、東寺の長者であった観賢が醍醐天皇から「弘法大師」の送り名が勅許されたことを空海に報告しようと奥の院を訪ねて行くと、突然奥の院の霧が晴れて空海が現れたそうです
 観賢は髪や口ひげを剃ってあげて、醍醐天皇から賜った御衣の着替えさせてあげたそうです(高野大師行状図より)
 しかし今昔物語によると、その後観賢が石室の扉を封印してしまったとのこと
 そして現在、午前6時と午前10:30分の2回、御廟にいる空海に毎日食事が届けられます
それを先導するのは維那(いな)とよばれる空海の世話役を代々務める僧侶です
金剛峰寺前で会旗を掲げました
  現代の御廟の中にいる空海の模様は代々維那で他言した人はおらず、そのために現在でも生前と同じ姿で座っているのか、代わりに木像があるのか、何もない神聖な空間に食事を届けたり、引いたりしているのか、この維那以外誰一人知らないと言われています
 空海は本当に生きているのか
弘法大師信仰を信ずる者なら生きて今もなお奥の院の御廟の中で修行を続けていると信じたい

  司馬遼太郎が「空海の風景」のあとがきで
「・・・本来零であることを望んだ空海らしくていいようにも思える」と語っています

  私が思うのはやはり空海は零であり、しかも無限なのかもしれません
ゼロだけど凄い存在感
この一言で締めくくっていいものなのか分かりませんが、それ以外思いつきません

  だから、空海が生きているのか、ミイラになっているのか、無くなってしまっているのか、など考えること自体、野暮なのかもしれません
 高野山の言う「入定」、その言葉の意味がほんのちょっと解った気がします
 
高野山女人道を歩くブログより
高野山開創1200年記念大法会・特別公開が5月21日(木)までです
金堂「御本尊」・金剛峰寺「持仏間御本尊」・霊宝館「三大秘宝」「運慶作八大童子像」など