誰が折りし小幡なるらん咲きみてる梅の木の間の瀧の白布・・・美濃路久詠

園生姫と月ヶ瀬梅林
後醍醐天皇が笠置落城の折、天皇に信の厚かった園生姫が数名の家来に守られ、山中に下り五月川に沿って上流に落ち延び、山を越えて此の地に到ったが、疲労と空腹のため倒れたのである
心暖かい村人の介護により一命をとりとめた姫は、平和で美しい村人たちの心に惑かれ京の都へ帰るのを思い留め、この地に永住を決めたのである
或る日、村人の案内で天神社に参拝された時、周辺に植えられた梅に熟れた実が鈴なりになっているのを見て、烏梅を造ることを教えた
そして、宮中の御用商人に紹介状を書き、製品を馬の背に家来1人を道先案内に京へ旅立たせた
姫の言葉通り高価に売られたことに驚いた村人は山を拓き梅を植栽し、やがて尾山の山嶺から五月川までの急峻な山林が、段々の梅林と化していった
烏梅の話は隣村から隣村へと広がり、正保年間以降は10万本を越す梅林が造成されたのであるが僻地であるため世の人々に知られることはなかった
幕末の頃から文人の目にとまり、やがて天下の名勝として広く紹介されたのである
奇しくも此の園生の森に温泉が湧出し、姫の湯として多くの人達に親しまれているのも、今なお優しい姫の愛情が息づいているからである
月ヶ瀬温泉15:17発の奈良交通の臨時バスに乗車
太郎谷・八幡橋には15:24分に着いた夕陽が梅花を照らし綺麗な耀きを魅せてくれました
帰りは高山ダムを経由、163号線からJR木津駅で大阪組を下ろし帰路につきました明日から桜花爛漫桜シリーズです