見渡せば問わねど誰も白梅の香らぬ隅もなかりけるかな・・・美濃路久詠

名勝「月ヶ瀬梅渓」
元久2年(1205)に菅原道真を産土神として真福寺境内に祭祀し、梅樹を植えて神霊を慰めたのが始まり
江戸時代には紅染の原料「烏梅」が京の都へ飛ぶように売れたので、村人は梅樹を競って植栽した
文政年間、斉藤拙堂の「梅渓遊記」で紹介され、頼山陽をして、「非観和州香世界、人生何可説梅花」と嘆賞せしめたように梅花の里と化し、奇岩、怪岩や山嶺重畳として渓流にせまる絶景となった
現在、新しい月ヶ瀬湖を中心に早春の梅花と共に四季を通じての自然の景観は、人々に心の安らぎを与えている
大正11年11月7日国の名勝に指定された
春立てば大瀬の里の炭窯の煙も梅の花に匂えり・・・美濃路久詠
大今の闇の梅が枝消え残る雪とも見えて香る春風
城州白・樹齢推定200年
15世紀頃には数万本の梅林が成立したと伝えられるが、当初は「大和野梅」が中心であった
やがて「改良梅」と呼ばれた城州白が植樹された
この古木は烏梅の一大産地となった江戸後期に植えられたものである烏梅造りの最盛期が偲ばれる古木である