ゆふさればくぬぎ林に風たちて国栖の山里秋は来ぬらし・・・谷崎潤一郎
多くの文化人・文豪が吉野を訪ねている
五合目以上は雪、麓には紅葉が残っていました
蔵王堂の権現像は、過去・現在・未来の救済を象徴して三体祀られており背丈はそれぞれ違う
向かって右の像は6.2m、中央が7.28m、左が5.28mもある巨像
4月11日~12日に来合わせたら「花供会式」に出会える
本尊の蔵王権現に「お蔭様で今年もこんなに見事に咲きました」と桜花を供え、罪を山ですてる儀式である
奴行列を先頭に金峯山寺管長を乗せた駕籠、僧侶、信徒総代、山伏、稚児行列が竹林院を出発し蔵王堂までの1kmを練り歩く
木の枝杖が立てられていました
この行事が済むと中千本から上千本に開花期が進み全山花の装いになる
花に浮き上がりて高し蔵王堂・・・静住
蔵王堂の西側の細い台地に「吉野朝宮址」の碑が立つ
小生には思い出の場所だ
南朝歴代の天皇、後醍醐・後村上・長慶・後亀山の御霊と南朝の忠臣や太平洋戦争の英霊を祀る南朝妙法殿が立っている
元弘3年(1333)北条氏が滅び、後醍醐天皇が武士に代わって建武の新政を始めた
12:43分、無事下山した
延元3年(1336)、足利尊氏の謀反にあって吉野に落ち延びた史跡である
日曜日とあってたくさんの車が駐車していた

「遊歩」参考
多くの文化人・文豪が吉野を訪ねている
五合目以上は雪、麓には紅葉が残っていました
蔵王堂の権現像は、過去・現在・未来の救済を象徴して三体祀られており背丈はそれぞれ違う
向かって右の像は6.2m、中央が7.28m、左が5.28mもある巨像
4月11日~12日に来合わせたら「花供会式」に出会える
本尊の蔵王権現に「お蔭様で今年もこんなに見事に咲きました」と桜花を供え、罪を山ですてる儀式である
奴行列を先頭に金峯山寺管長を乗せた駕籠、僧侶、信徒総代、山伏、稚児行列が竹林院を出発し蔵王堂までの1kmを練り歩く木の枝杖が立てられていました
この行事が済むと中千本から上千本に開花期が進み全山花の装いになる
花に浮き上がりて高し蔵王堂・・・静住
蔵王堂の西側の細い台地に「吉野朝宮址」の碑が立つ小生には思い出の場所だ
南朝歴代の天皇、後醍醐・後村上・長慶・後亀山の御霊と南朝の忠臣や太平洋戦争の英霊を祀る南朝妙法殿が立っている
元弘3年(1333)北条氏が滅び、後醍醐天皇が武士に代わって建武の新政を始めた12:43分、無事下山した
延元3年(1336)、足利尊氏の謀反にあって吉野に落ち延びた史跡である日曜日とあってたくさんの車が駐車していた

「遊歩」参考