芳野にて桜見せうぞ檜木笠・・・芭蕉
花ざかり山は日ごろ朝ぼらけ・・・芭蕉
お尻の肉がずいぶん削がれました
木を抱く、木に抱かれる
木は冬でもほんのりと温かい
水を吸い上げているからだ
人と木は交際できるようだ

旅に生き旅に死んだ俳聖芭蕉は、世を捨てた西行を慕って二度も吉野へ杖を曳いている
1回目は貞享元年(1684)に来て、紀行文「野晒紀行」を、4年後の元禄元年(1688)に再び訪れ「笈の小文」という紀行集に記した
背後は行者還岳1546m
大峰修験道75靡・56靡「石休ノ宿」
見下ろされている
見上げている
11:31分、奥駈道行者還西口トンネル分岐
吉野山から山上ヶ岳一帯にかけての山は金峯山と言われた
こうした神仙境で修行する風習は古くから行われ、奈良・平安時代にはいっそう盛んになった
そこへ中国から天台宗・真言宗の仏教が伝わり、古くからある山岳宗教と習合して修験道と言う宗教に発達していった
「遊歩」参考