天川奥宮:弥山山頂に鎮座する弥山神社の歴史は極めて古い
5月の初旬に天川弁財天社・弥山奥宮大祭が催されます
浩宮・皇太子殿下は、平成2年6月14日に登られました
その際に建てられた記念碑

命の源である水の神様が祀られています
壬申の乱に勝利した大海人皇子が天武天皇に即位した後、天女の加護に報いるために吉野総社とし、天川弁財天社の神殿を造営したとされています
弥山は、大峯75靡「弥山」として特別に神聖な場所とされています
天川弁財天は厳島、竹生島を合わせた日本三弁財天の筆頭にあげられるという
縁起によれば役行者が大峯山の修験道開山に先立ち、弥山に大峯山の鎮守として祀ったのが始まりとされ、山上ヶ岳において鎮護国家の神を祈誓されたときには、まず第一にこの弁財天が出現されたのです
しかし、女人禁制がなるために役行者はこれを天川にお祀りし、二番目に出現された蔵王権現を山上ヶ岳の本尊としてお祀りしました
役行者が伝えたのは「雑蜜」といわれるそれに対し、空海が体系的に伝えた密教を「純密」と呼ぶ
その空海が、新しい教義を抱え、中国から戻った後、高野山を開く前にこの天河弁財天で社で修行したらしい
その時の密教法具、五鈷鈴と秘仏灰練り弁財天像が今も残っている
山上ヶ岳の麗姿
「遊歩」参考