中世から近世にかけて興隆した修験道の山伏たちの道場は、山上ヶ岳ではなく全大峯山脈にわたっていた
ちょっと青空がのぞきました

樹間から弥山の頂が見えます
大普賢岳1780m、小普賢岳、日本岳1505m、和佐又山1344mの嶺が東に連なる
古記に「修験道練行のところ、吉野のより熊野に至って70余峰、三嶺高峻、坂道の険難、桟を渡り、雲を踏んで行く。弥山、釈迦岳、大日岳、土室などを経て玉置山に至る。これを峰中(ぶちゅう)という」
峰中、即ち大峯山脈縦走は、南の熊野から出発して北の吉野で終わるのを、順峰といつた
役行者が初めて開いた道である
中央の尖がりは大日山1689m、キレットを挟んで右が稲村ヶ岳1726m、さらにバリゴヤの頭1580m
ここからが登りの階段となる
見事な樹氷群が続きます。見惚れて踏み外したら危険
現在ではむしろ北から南への縦走が多く行われているが、これが逆峰と呼ばれている
その縦走路に75靡(なびき)と称して、75ヶ所の行場があって、それぞれ名前が付けられ、伝説がある
ちょっと青空がのぞきました

樹間から弥山の頂が見えます
大普賢岳1780m、小普賢岳、日本岳1505m、和佐又山1344mの嶺が東に連なる
古記に「修験道練行のところ、吉野のより熊野に至って70余峰、三嶺高峻、坂道の険難、桟を渡り、雲を踏んで行く。弥山、釈迦岳、大日岳、土室などを経て玉置山に至る。これを峰中(ぶちゅう)という」
峰中、即ち大峯山脈縦走は、南の熊野から出発して北の吉野で終わるのを、順峰といつた
役行者が初めて開いた道である
中央の尖がりは大日山1689m、キレットを挟んで右が稲村ヶ岳1726m、さらにバリゴヤの頭1580m
ここからが登りの階段となる
見事な樹氷群が続きます。見惚れて踏み外したら危険
現在ではむしろ北から南への縦走が多く行われているが、これが逆峰と呼ばれている
その縦走路に75靡(なびき)と称して、75ヶ所の行場があって、それぞれ名前が付けられ、伝説がある