何ごとも心にかなう山なればこれも仏のえんぎょうじかな
官兵衛のことを書き残しておきたい
 
キリシタン大名の高山右近の薦めでキリスト教に入信した
 洗礼名はドン・シメオン
天正11年(1583)のことだと言われている

  右近とは山崎合戦、賤ヶ岳合戦、大阪城築城普請など共に行動することが多く、官兵衛の思考にキリスト教と相いれることが多いと見て取った右近が熱心に教義を説いたのではないか
 シメオンとはヘブライ語で「聞く、耳を傾ける」という意味
 天正15年(1587)、息子の長政も洗礼を受け「ダミアン」の洗礼名を名乗りました
 しかし、長政が洗礼を受けた年に秀吉は外国人宣教師に国外退去を命じるバテレン追放令を出す
 信仰を守り続けた高山右近は領地を没収され、最期は国外追放された
 官兵衛は風向きを敏感に察知、棄教し難をのがれた
 中津12万石、わずか三ヵ条の法で領民の心を掴み、合理的な統治を実現

 
シンプル刑法
①主人や親に背くことが無いように
②殺人、強盗を行うものは厳罰に処す
③隠し田を密告した者は褒美を与える

 43歳で家督を嫡男・長政に譲る
なぜ40代の働き盛りに隠居宣言したか 
秀吉の警戒を回避するためであった