書写山・圓教寺「寶蔵跡・本多家墓所」 秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七草の花・・・山上憶良 姫路城主・本多家墓所 五棟の堂は江戸時代の廟建築の推移を知るのに重要な建物で兵庫県の指定文化財 5棟の堂は、本多忠勝・忠政・政朝・政長・忠国の墓です 本多家は江戸時代初期と中期の二度姫路城主となりました 元和3年(1617)、池田家のあとをうけて、本多忠政が桑名より姫路に移封 忠勝は忠政の父で、家康に仕えた徳川四天王の一人 政朝は忠政の二男で本多家二代目城主 忠国は二度目の城主で、天和2年(1682)福島より入封 政長は政朝の子で、大和郡山城主 圓教寺講堂