14:55分、権現川に架かる橋で人数確認をして渡る


 住吉平田神社:後醍醐天皇の牧師・平田氏を祀るため平田神社と称したらしい
 15:02分、四条畷神社着
城郭のような石垣が組まれている

  楠木の大木
 建武中興十五社の一社で、旧社格は別格官幣社
南朝の将として戦い、四条畷の戦いで敗死した楠木正行を主祭神としている

  父の正成が大楠公と呼ばれるのに対して、嫡男の楠木正行は小楠公と呼ばれるが、地元では楠公さんと言えば正行や四条畷神社を指す場合が多い
 明治11年に楠塚は「小楠公御墓所」と改められ、規模も拡大した
明治22年、隣にある住吉平田神社の神職らが中心となり、楠木氏らを祀る神社の創建を願い出、明治23年現在の地に創建されました

  四条畷の地名が付けられたのは昭和7年。それまでは讃良郡甲可村であった
四条畷神社創建をきっかけに周辺一帯は北河内随一の大市街地に発展した

  境内でクールダウン体操を念入りに行いました
 最後の長い階段を下りますが、年配者にはきつかったようです
 15:32分、四条畷神社を後にしました