毎年お正月にはお伊勢さんへお参りに行くのが習いでした。

 

ですが、今年はずるずると8月のはじめになってしまいました。

 

行かなかったからと云って誰に迷惑がかかるでもなし

「いかなきゃ、いかなきゃ…」なぜか心にプレッシャーがかかる。

母が毎年神棚のお札を取り換えていたから。

それを引き継いで勝手にそうしたいだけの話なのに。

 

 

 

 

コロナ禍冷めやらぬ8月だというのにやっぱりお伊勢さんは参拝客で賑わっていました。

人の多い神社でお参りするとき、果てしない気分になります。
この伊勢神宮には毎年とんでもないほどの数の人が訪れて、

その一人一人がそれぞれ一人一人の願いを抱えて、

悠久の河のように流れる列を作り、今ちょうどこの時この場所で色んな事を考えている。

途方もない無限。この膨大な情報量は測量することが出来ない。

そんな事を考えていつも圧倒される、、、のは私だけでしょうか。

 

さて、私の番が来ました。なにをお祈りしようか。

これを書いている8月末現在はずいぶんと元気になりましたが、

2021年は病気の一年でした。

去年の8月、癌の手術で鳩尾から恥骨まで30センチほどお腹を開きました。

(取り除いた臓器以外に転移が無かったのは本当にラッキーでした。)

そのあとも化学療法やら感染症やらで何度も入退院していました。

 

今元気に生きてるのは本当に幸運な事です。

今年の2月からはヨーガの練習も始めました。

感謝しかない、これからの人生有意義に生きたい。

 

なのに、なのに、わたしはまた酒浸りの日々を送っていたのでした。

 

私は病気になる前、完全にアルコール依存症でした。

そして、回復してきたら、またお酒を飲みだしてしまっていたのでした…。

私は日常的にアルコールを摂取しないと眠れない質で

飲みだすと毎日毎日、2リットル以上の酒をのみ、

毎朝体調が悪くて、いつも下痢でお腹が痛い。

「こんなんじゃまた病気になる、せっかく助かった命をどうして大事にしない?」

お酒を飲まない夜は、頭がまともだから色んな事を考える。

お酒に慣れた脳は、アルコールの入眠作用が無いと眠れない。

長い夜がこわい。

死ぬまで酒を飲み続けるのか。酒を飲む事に命を浪費してこのままなにもせず死ぬのか。

今打ち勝つしかない。 

 

だから神前で願いました。「お酒をやめたいです。」と。

 

でも神頼みで「願う」のは弱いと思いました。願うだけじゃ意味ないよな。

「世界が平和でありますように。」「素敵な異性に出会えますように。」「宝くじが当たりますように。」

全部効果なんかないわ。

正しいお参りの活用方法とは、神前で「やる」と決めて確実に遂行することです。

だから誓おうではないか。「お酒をやめます。」と。

 

しかし、一瞬で思い直しました。それは嫌だと。

だって、現実逃避のための自分を殺すみたいなお酒はやめたいけど、

楽しいお酒は、本当に美味しいのですもの。

スマートに、クレバーに、お酒とは付き合っていきたいわ。

そんな自分になりたいの。

だから、もんごんを変えました。

 

「インドから日本に帰ってくるまで、けしてお酒を飲みません。」

 

意志よわっ、、、でも、格好悪くても達成出来ることじゃないと。

なんども自分に失望して自分を嫌いになるの。繰り返しだよ。

 

そう。インドへ行くのは、ずっと前からふわっと考えていたこと。

病気になって、本当にいつ死ぬか分からない、私の時間はそんなに長くない。

回復したら、行動できる限り行動しよう。そう思った。

 

いま私には何もないけれど、欲しいものならみっつあります。

健康と愛情と仕事。

このみっつが上手く循環していればきっとお金とか物質的な富は

必要量ついて来るような気がします。

インドへ行ってノンアルコールでベジタリアンな生活をして

ヨーガの知恵を学ぶ。健康に生きるため。

試練とか苦行かもしれない、でも行動の先になにかがある。

 

 

とりあえずインドへ行ってみよう。