★『坂の上の坂』というシビアな現実 あなたはどう向き合いますか? | ジャーナリスト 石川秀樹

ジャーナリスト 石川秀樹

ちょっと辛口、時どきホロリ……。理性と感情満載、世の常識をうのみにせず、これはと思えばズバッと持論で直球勝負。
3本のブログとFacebook、ツイッターを駆使して情報発信するジャーナリスト。
相続に強い行政書士、「ミーツ出版」社長としても活動中。

朝、書道の関係で出掛ける家内をJR静岡駅まで送った。
車中、きのう読んだ『坂の上の坂』という本のことを話した。
著者は藤原和博さん。
リクルート社で部長まで駆け上がったが、41歳でフェロー(契約専門スタッフ)を希望し会社から片足抜け出した。そして47歳で杉並区立和田中学校の初の民間校長に。
1955年生まれだから僕より5つ若い。


この本、一言で言えば「サラリーマンにしがみつくのはやめましょう。登りきった坂の上にあるのは、まだ延々と続く道ですよ。その道をずっと下り続けて人生を終えるより、(定年前のある時期から)準備を整えて、さらなる坂を登りませんか」と、旧来の価値観からの脱却を強く求めている。

hidekidos かく語り記


タイトルにひかれて衝動買いした1冊だ。
司馬遼太郎が描いた『坂の上の雲』の時代、平均寿命は45歳からせいぜ50歳だった。
坂を登りきれば、余命はもういくらも残っていない。
今は、定年60歳から数えて、なお25年~30年は生きなくてはならない。
もうひと山越えるには十分な年月だ。
そこで著者は、徹底的に会社を利用して、次の、「自分で決めた坂道」を登っていけるだけのスキルを身につけなさい、と言う。


「会社(組織)あっての自分」という価値観も、今日び、あまりにリスクが高いのでは?
会社は永続しない。
会社は社員を年次年次で選別していく。
その間に現場で培ったスキルは確実に落ちる。
得意技を立ち枯れさせながら、人は階段を一歩上がる。
てっぺんまで登れるのは1、2%。
わずかな確率をかいくぐったとしても、会社から離れればただの老人。
居場所はどこにもない…。


自分の体験に照らして僕は、ある程度著者に共感した。
54歳で会社人生の頂点を経験し、その後、急坂を転げ落ちた。
59歳で行政書士受験のための勉強を始め、同じころツイッター、Facebookに出合った。
ソーシャルメディアの世界に強くひかれた。
仕事とSNSへの投稿、その余の時間は睡眠以外、すべて受験勉強に充てた。
61歳で合格。
直後に会社を定年退職。
そして1か月後、小さな出版社を開業した。
合わせて行政書士の看板も掲げた。
もうかりはしないが、おかげさまで「忙しい日常」を再び手に入れた


本の中には、夫婦の関係についても興味深いことが書いてある。
会社人間で、組織第一を貫いて行けば夫婦は別々の方向を向き、成人した子どもからは見向きもされない
(一番見守ってほしい時期に父親はよそを向いていた訳だから)。
家にも地域のコミュニティーにも居場所のない自分。
定年後は妻とのんびり旅行を、などと考えていても、本当につきあってくれるのかどうか。
著者が語る多くのことは、サラリーマンなら誰しも薄々は感じていること。
その末路をはっきり口にされると、ドキリとする人は多いのではないか。


こんな話を車中でしていると、家内は首をかしげた。
誰だって、与えられた役割、出合った仕事を一心不乱にやるのは当たり前じゃない。なんだかその人の言っていること、違うと思う」
僕はもう一度、著者の受け売りを言う。
「それは『坂の上の雲』の時代のことだろう。出世して社内の階段を登っていけば、個人のスキルはどんどん落ちていく。会社以外では通用しない人間になる…」
しかし妻は納得しない。


納得しない妻が何を言おうとしているか、実は僕はよくわかっている。
同時代を一緒に生きてきた。
都度都度に、喜怒哀楽をきっちり伝えてきたし、僕は何度も何度も家内の言葉で救われてきた。
彼女はいつも「与えられた環境の中で一所懸命にやる」のが人間の在り方だと思っている。
評価は人がする。
時にそれが自分の思いとズレたとしても、自分を否定することはない。
だから僕は、自分の(サラリーマン人生の)有為転変に、予想外に平気でいられたのだ。


話の結論が出ないうちに、車は駅に着いてしまった。
帰路、充電中の家内のiPhoneが車内に残っていることに気が付いた。
僕はあわててUターンする。
やれやれ、そそっかしい人だ…。






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