ひで坊の長浜→大津日記 -249ページ目

吉野紀行④

『蔵王尊』をあとにして
一行は「吉水神社」を
目指す

↓こちらで頂いたチラシひで坊の長浜日記-120502_1853~01.jpg

吉野皇居と
ありますように
こちらは
後醍醐天皇の行宮で
ありました

御祭神は
後醍醐天皇と
楠正成公

「身はたとへ南山の苔に埋むるとも魂魄は常に
北けつの天を望まむ」
↑太平記の一節です

つまり
体は吉野に埋もれても
魂は北の京都を望んで
いつも睨んでいるしな
わかったか!!

といったところか
北けつのけつが変換できず残念
(T_T)
北けつ門は
デジカメで撮るのに必死で携帯カメラで撮り忘れ
(ToT)

「花に寝て
よしや吉野の
吉水の
枕の下に
石走る音」
御製

この神社
義経静御前の別れの場
弁慶がらみの逸話もあり秀吉の
花見の本陣でもあり

なかなか見所満載です

坊は
神武から昭和までの
歴代天皇の顔を刺繍した掛け軸が気に入りましたどうやって描き分けたのかはわかりません

さて
いよいよゴールの
後醍醐天皇陵だあ

《まだまだつづく》

吉野紀行③

山岳信仰に関する一考察


昔からなんですが
神仏習合
本地垂迹説は
どうも無理が
あるんじゃあないかと
He理屈じゃあないのんと思っておりました

仏様は仏様
神様は神様

これが一番シンプル
これ以上も以下もなし

今回『蔵王権現』を拝しその思いをさらに強く
致しました

何も
釈迦如来や千手観音や
弥勒菩薩を引き合いに
だして具現化させ
過去現在未来がどおしたなあんて
そこに無理が生じます

だいいち
あのお姿から
元はお釈迦様とか観音様とかイメージできませんやね

役行者が感得したのは
蔵王『権現』などとせず
素直に
そうですねえ

名付けて
『蔵王尊』
とすればわかりやすい

『尊』なら
釈尊の尊だし
日本武尊の尊だし

全員習合~
OK~

つまり
坊は
役行者が感得したのは
『蔵王尊』単体だと
思うんです

鞍馬寺の『魔王尊』の
パクリじゃあありませんからネ

『蔵王尊』こそ
山岳信仰のシンボル
イズシンプル

何も難しく考えずに
単体の『尊-ソン-』
です

神→仏→尊
↑ ← ←↓

シンブツソンシンブツソンとグルグル回ります

上も下もありません

これを教義に発展
させれば
場末の教団が
できそうですね

『尊』なる信仰対象を
全く新たに
創造するんです
神や仏と横並びの
『尊』です
hiな

《まだつづく》

吉野紀行②

昨日は学生時代の友人
4名と吉野へ行きました

ほぼ20年ぶり三度目の御参拝です
↓メインはこれ
ひで坊の長浜日記-120429_1346~01.jpg

蔵王堂本尊の秘仏
蔵王権現の御開帳です

昨年は東日本大震災の
復興勧進
今年は仁王門改修勧進
次はいつになるか不明
とのこと

桜の盛りを過ぎて
意外とすいていました

ですから
蔵王堂の外陣から拝するのは比較的楽チン
充分迫力あります

しかし
内陣からとなると
並ぶこと30分
間近で見る蔵王権現三体

鮮やかな群青色
大迫力のふん怒相
7メートルはある大きさ

完全に圧倒されました

久しぶりに厳かな気分に浸れましたね

↓参拝料千円を払うと
ついてくるお札型お守り
ひで坊の長浜日記-120430_1924~01.jpg

↓蔵王堂に入る際の
お持ち帰り可能な
靴入れバッグ
ひで坊の長浜日記-120430_1925~01.jpg
普通は
レジ袋が多いですよね

イラスト化された蔵王堂と金峯山寺の文字入りで付加価値を高めています

《つづく》