吉野紀行③ | ひで坊の長浜→大津日記

吉野紀行③

山岳信仰に関する一考察


昔からなんですが
神仏習合
本地垂迹説は
どうも無理が
あるんじゃあないかと
He理屈じゃあないのんと思っておりました

仏様は仏様
神様は神様

これが一番シンプル
これ以上も以下もなし

今回『蔵王権現』を拝しその思いをさらに強く
致しました

何も
釈迦如来や千手観音や
弥勒菩薩を引き合いに
だして具現化させ
過去現在未来がどおしたなあんて
そこに無理が生じます

だいいち
あのお姿から
元はお釈迦様とか観音様とかイメージできませんやね

役行者が感得したのは
蔵王『権現』などとせず
素直に
そうですねえ

名付けて
『蔵王尊』
とすればわかりやすい

『尊』なら
釈尊の尊だし
日本武尊の尊だし

全員習合~
OK~

つまり
坊は
役行者が感得したのは
『蔵王尊』単体だと
思うんです

鞍馬寺の『魔王尊』の
パクリじゃあありませんからネ

『蔵王尊』こそ
山岳信仰のシンボル
イズシンプル

何も難しく考えずに
単体の『尊-ソン-』
です

神→仏→尊
↑ ← ←↓

シンブツソンシンブツソンとグルグル回ります

上も下もありません

これを教義に発展
させれば
場末の教団が
できそうですね

『尊』なる信仰対象を
全く新たに
創造するんです
神や仏と横並びの
『尊』です
hiな

《まだつづく》