私の手帳のスタートは、現職時代は4月であったが退職後は1月。大体12月のこの頃から新しくする習慣。改めて整理した。異動で日南町に赴任が昭和56年11月。それ以前を探すに東京時代のものはなく、昭和57年(1982年)から今年分までの36年間の36冊。 パラパラと見るとやはり懐かしい。年齢は40歳から75歳の現在までだから、私の生涯そのもの。中には、単なる行事の予定などでなく、その時々の「喜怒哀楽の記述」もあり、私の生きてきた証。この始末、木箱に入れて地中深く、又は鉄箱で日野川の源流の淵に沈めるか、当分悩みが又ひとつ。
高校の非公式同期会。正式な記録はないが、20年ほど前から開催している。今日夕方から米子市。いつも場所提供の彼が、茶店をたたむというので、東京から又病後のドジョウすくい名人も参加。東京からの彼は、明後日に地元高校のイベントに出演のためでもあった。
地元茶店の親父として国鉄民営化後、茶店を切り盛り。今や、日野川の鮎釣り名人。米子市でも達人の彼。私たちにとっても、米子市の花見の会場でもあった茶店の亭主。国鉄職員だったなので、料理人の腕はなかったと思うが、ソバ打ちを修行。同級生の中でも頑張り屋さんの一人。昭和36年高校卒業、今から56年ほども前、今夜も同期20数人が集まる自慢の会。茶店の親父卒業、やったね。
頑張った彼は私たちの誇りです。

