福田英寿(侃諤亭) -6ページ目

福田英寿(侃諤亭)

大勢でやかましく議論したりする時「 けんけんがくがく」とか「かんかんがくがく」と云うことがあるが、そんな時には「喧喧囂囂」(けんけんごうごう)と云うべきが正しいようである。
私は、侃侃諤諤( かんかんがくがく)を目指したい。

町議会が10人でスタートした。
この事については、思い出すことがある。鳥取西部地震が平成12年10月。その影響で、役場も議会も仮設であった時のこと。私は、議会に呼ばれて当時16人であった議員さんの削減で意見を述べたことがある。私の案は、16人の半分8人にする案。その代わり、報酬は2倍にする前提であった。これに対して、議員さんからは、それで出来るでしょうかと私に質問。私は、出来る方法でお願いしますと。 それが、この度スタートの議員さんは10人。私の提案に19年かかって報酬外の定数は近づいたと、一人で納得している。

「灯台下暗し」とはこのこと。私は、現在の日南町多里地区(萩原地区)生まれ。今年の春、初めて知った私の生まれ地区の桜のこと。今年、日本さくら何とかの全国組織から、その桜の取り組みが全国表彰されたという。それも、今夜地元ケーブルテレビの中海テレビさんの放送で知る。
 今年も、FBでは桜の公園の書き込みがあったが、長靴を履いて来るようにとのPRなので、そこまでして高齢者は行けないと思った。 今日の映像で見る限り、桜も中々のもの。
 ちょっと宣伝不足、町を挙げて応援してほしかったと、「後の祭り」。ちょっと残念だが、来年のお楽しみ。頑張ろう、日南町。

写真は、今週の我が家のトイレの名言カレンダー。言葉の主はあの芥川龍之介。亡くなったのが昭和2年だから、大正時代、令和から見ると大昔。解説では、「母親の愛は、時として我が子のために、その命を投げ出すほど強く深いものだ」
 あえて言わせていただくならば、平成の時代のお母さんは、お父さんの虐待に手を貸すどころか、自らも我が子に手をかける現実。「我が子のために、自分の命を投げ出す」は遠い時代となったが、令和時代はどうなるかと心配と、と思わざるを得ないのが、悲しい。