【アフターコロナ】逢うという事と時間を使うという事 | 伊丹のおくりびと

伊丹のおくりびと

伊丹市の幸せ創造企業 速水葬祭二代目創業者 速水英城です。
色んな所で様々な人々に支えられご縁を頂き毎日を過ごしています。
感謝を込めて綴ります。

オリンピックの日で
国際寡婦の日で
昭和新山ができた日で
南極条約発行の日で
沖縄慰霊の日で
 
抜けるような青空で迎えた6月23日の火曜日
 
 
お天気も良く
 
ぐんぐん気温も上がり
 
本日の最高気温は34.3℃でした(さくらホール調べ)
 

 
 
 
そんな今日のブログは
 
何だろう。。。
 
コロナ禍による自粛生活を経て感じた事のお話です
 
 
 
 
コロナ禍以前は多い時で週に8回位(笑)
 
色んな会に出かけてたけど
 
緊急事態宣言の発令に伴って
 
全ての行事が止まった
 
 
 
 
そこで急遽見直されたweb会議システム
 

 

少人数だったり

 

 

同友会だったり

 

 

みとりまちプロジェクトだったり

 

 

大人数だったり

 

 

カメラが壊れたり

 

 

飲み会だったり

 

 

 

 

 

ずーっと

 

ずーっと

 

zoomだった自粛期間を経て

 

 

 

徐々に動き始めた"まち"と人

 

 

 

 

父の日の早朝

 

お墓を掃除しながら感じた事

 

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わざわざ足を運ぶ事の意義。。。

 

 

 

 

わざわざ新潟まで行ったり

 
 
パネラーで岐阜まで行ったり
 
 
長野で佐竹先生とお会いしたり
 
 
神戸で3日間缶詰にされたり
 
 
同じ車を好きなモン同士で三田に集まったり
 
 
阪神地区から日本を元気に!って集まったり
 

 
 
 
当たり前にできていた事が今はまだ難しい
 
 
 
 
そう言いながらでも徐々に
 
 
 
 
徐々に動き始めた伊丹のまち
 
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イベントに参加するのは
 
イベントに参加するためじゃなくて
 
人に逢いに行ってるんだ
 
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会議はリモートでできる

 

web会議で議事は進む

 

 

 

 

実際、その会議のために

 

片道1時間も使って神戸まで行かなくても済む

 

 

 

 

もの凄く楽だ。

 

 

 

でも

 

 

 

全然面白くない。

 

 

 

 

客観的に考えると

 

通信手段が一つ増えただけだ

 

手紙、伝書鳩、電話、ファックス、メール、SNS、

 

そしてweb会議(テレビ会議)

 

だ。

 

 

 

 

コロナの前から

 

手紙には手紙の良さがあり

 

電話には電話の良さがあり

 

ファックスにはファックスの便利さがあり

 

メールにはメールの良さがあり

 

SNSにはSNSの良さがあり

 

 

でもやっぱり

 

会いに行くし

 

集まるし

 

足を運ぶし

 

時間を割く

 

 

 

同友会で頂いた名言

 

「距離は学びに比例する」

 

移動距離が長ければ長いほど

そこで得られる学びも深くなる

 

と言う意味。

 

 

 

この「距離」は言い換えると「時間」だ。

 

 

 

 

例えばセミナー

 

 

 

 

同じセミナーでも

 

地元で受けるのと

 

時間とお金を使って東京まで受けに行くのとでは

 

「学ぼうとする覚悟と姿勢が変わる」

 

 

 

 

例えば仕事

 

郵送で済むものを

 

わざわざお届けする

 

ついでで良いと言われても

 

わざわざそのためだけにお伺いする

 

 

 

 

例えばランチ

 

 

 

「お昼一緒に食べようよ」って

 

5分で会える友達と

 

1時間かけて来てくれる友達と

 

用事で来たついでに寄ってくれるのと

 

そのためだけに来てくれるのとでは

 

やっぱり気持ち的に違うと思う。

 

 

 

 

移動に使う時間は

 

相手に対する思いに比例するのではないだろうか

 

 

 

 

敢えて逢いに行く意味が

 

敢えて時間をかけて行く意味が

 

改めて見直される機会になる(と思う)

 

 

 

きっとそこには「人と逢う喜び」があるんだ