明治天皇の誕生日が文化の日で
昭和天皇の誕生日はみどりの日。
大正天皇の誕生日は8月31日で平日ですね。
おつかれさまです、速水です。
どうして大正天皇の誕生日だけ放置なんでしょう??
不思議ですね。。。
さて、ひとつ前のブログで
「生前」と言う言葉のお話を残しましたが
その「生前」についてお話しします。
亡くなった人が生きていた時にお世話になった方々へ
「生前はお世話になりました」って言います。
遺族が故人の友人や知人に対して言う事も有るし
会葬に来た人が家族に言う事も有りますね。
でもこれ、本当の日本語としては少しおかしいですよね。
「死ぬ前」「亡くなる前」なら解りますが、
「生きる前」「生まれる前」なんて、いつの事なんでしょう?
これには宗教的な意味合いが背景に有りまして、
物理的、生物学的には
人が亡くなるを「人が死ぬ」と解釈しますが
宗教的には
この世から居なくなっただけで
次の世界に生まれていると捉えられています。
キリスト教なら最後の審判の日に裁きを受け天国に行き、
神道ならいわゆる黄泉の国や常世の国へ行き、
仏教なら極楽浄土へ行きますね。
解りました?
生物学的な「死ぬ」は宗教的には元の世界に「生まれる」事なんですね。
「帰る」とも言われますが
大切なのは「死んだら終わりじゃ無い」と言う事。
宗教心、信仰心が薄れてきていると言われている日本ですが
私たちが普段使っている言葉の隅々に
ご先祖様から受け継がれてきている死生観が散りばめられています。
亡くなる事を「往生する」とも言いますが
これも「往(い)って生まれる」という意味ですね。
例えば「生前はお世話になりました」と言うのを
違う2つの言い方に変えるなら
「存命中はお世話になりました」(堅過ぎ)か、
ちゃんと丁寧に
「あの世に生まれる前にはお世話になりました。」
と言うのが意味合い的には正しいのかも知れませんが
ややこしいですよね。
私もよくお葬式の時に
「大好きなお母さんが待ってくれてるから安心して往って下さいね」
と家族が故人にかけている声を耳にする事が有ります。
そうなんです、
みんな あっちに往ってるんです。
別れる事は悲しい事だし辛い事ですが、
心のどこかで故人の安穏を願っているんでしょうね。
もしあなたが「生前はお世話になりました」
と言う機会があればそのままの言葉でかまわないので
「こちら世界からあちらの世界に往かれたんだな」
と心の片隅でも良いので思って頂ければ
より言葉に心がこもると思います。
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