寒くなりましたね、
おつかれさまです、速水です。
友人のガラッパチ院長の話によると
前日に寒い思いをして体調が崩れても
それは風邪じゃなくて自律神経の不安定化から来るそうです。
風邪はウィルス性の疾患なので
数時間前の環境に左右されないそうですよ。
気になる方はガラッパチ院長のブログを
ひとつひとつ読み戻してみて下さい。
さて、
題名の事ですが。
運動会のお弁当の話です。
ツイッターとかフェイスブックとかを見てると
以外と「当たり前」と思っている事が
そうじゃない、ということが解りました。
運動会でのお弁当の話です。
お昼の時間になって
校庭で家族と一緒にお弁当を囲む学校。
お昼の時間になったら
こども達は教室に戻りクラスメイトとお弁当を食べ
応援に来ていた家族は校庭で親だけでお昼を済ませるか
自宅に帰り、こども抜きでお昼を済ませて
また学校に戻って応援するか。
この差。
僕はこどもの頃、地元の鈴原小学校で育ちました。
当時から運動会のお昼は家族で食べていました。
ただ、
我が家は自営業だったので
家族が来ない年も有った様な気がします。
年度によっては家族と食べなかった年も有った様な気がします。
「気がします」「気がします」って
覚えてない事自体僕的には
「たいした事」じゃ無かったのかも知れません。
親になって、
PTA会長を経験して、
思うんですが。
お重にお弁当を山盛り作って
家族で食べる。
食べてる隣では、いつもの友達が家族で食べてる。
親同士もこどもの友人関係を通じて
改めて存在をしる事も出来たり。。。
こどもの立場としても
親の立場としても
手放しで「うれしい」ひと時だと思います。
今、我が家のおちびさん達は二人とも中学生。
中学生にもなると、校庭で家族で御飯…は無いでしょ?
そう、
いつもの友達、クラスメイト、近所の子。
そんな子供たちが学校の校庭で
お母さんが腕によりをふるったご馳走を食べる。
早く食べ終わった友達が冷やかしに来る/
まだ食べている親をそっちのけで
さっさと腹を満たしたこどもは
親元(お弁当)を離れ友達同士のコミューンに戻って行く。
そんな姿を微笑ましく見ながら
残ったおかずは今夜の晩御飯。。。
そんな機会って小学校の運動会以外に有りますか?
こういう風に言うと良い事尽くめなんですが
現状、伊丹市内では公立小学校が
(特別支援学校を除く)
17校の中で
家族が一緒にお弁当を食べているのが8校。
バラバラに食べているのが9校。
なんでそんな事を知っているかと言うと。
去年、バラバラに食べている
隣の小学校のPTA会長さんが自ら我が校に来て
子供たちに
「家族とお弁当を食べるのってどう?」と
インタビューをして回っていたんです。
自校がバラバラなのが残念と思い
改革しようとしたんでしょうね。
市連Pの会議でも出されました。
臨席している全小学校役員に問われました。
答えは
当該学校を除く16校がまっ二つ。
食べている学校8校。
食べていない学校8校。
それは数字の事でありまして。
各校から意見を聴いてみた所、
面白い事に
既に食べている学校からは
「一緒に食べるべきだ」と満場一致。
逆に食べていない学校からは
「別々が良策」と満場一致。
、、、、、、。
わかります?
伊丹市民の多くは
伊丹で育った伊丹っ子が多いんですよね。
親が地元民。
食べない文化に住んでいる人は
ソレが普通。
食べる文化圏に住んでいる人は
ソレが普通。
外から来た人は普通に流される。
この街はそうなんだ。。。と。
ここまでは現状説明でしたが
ここから僕なりの意見を言わせて頂きますと、
今、「地域力」が声高々に言われています。
核家族化が進み過ぎ
個人主義が進み過ぎた結果
隣の人は何する人ぞ、、、。
この(くそ)田舎の伊丹でも
残念な街の都市化が進んできました。
ソレを進めてきた団塊の世代の人達を中心に
子育て世代を巻き込んで
「街のありかた」を考え始めています。
子育てをしていない人は
大阪や神戸で働いて帰って来るだけの街。
そんな伊丹市も
子育てを経験する事で
「この子達が育つ街」というビジョンを持て
初めて親の目が地元に向く。
その発想がリンクして
小学校区を中心として
街づくりが盛り上がる。
運動会のお昼を一緒に食べましょう!
と、
ならない理由はひとつだけ。
「家族が来れない子の対処」
僕がこどもの頃は
教室で担任の先生が一緒に食べてくれていました。
今でもそういう学校も有ると思います。
でも、
そこで活きて来るのが「地域力」
我が小学校では
運動会前に
「誰とお弁当を食べますか?」という
アンケートが全児童に配布されます。
その中には
「家族と食べる」の他に
「誰と食べますか?」
という選択肢が儲けられていて
そこには
「仲良しのだれそれチャンの家族と」
とか
「近所の○○さんと」とかって
書く項目が設定されているんですね。
もちろん
「誰もいません」と書く子も居ると思います。
いかがでしょう。
その子って、
その子の家族だけが育てるんでしょうか?
西隣の小学校区の標語に
「うちの子よその子地域の子
みんなで育てよう○○の子」
と言うのが有りました。
ソレこそが大切な事だと思います。
「家族や誰かと一緒に食べられない子がいたら困る」
からと、バラバラに食べている学校も
発想は解らないでもないんです。
「公的組織は公平性を大切にせざるを得ない」
のも解るんです。
でも、、
こどもを守るのは
家族や学校だけじゃなくて
地域やご近所さんの力も必要だと思います。
もし、
誰も応援に来てくれない子が居たら
クラスメイトがいたわり合う機会にもなりますよね!
こども達は自由で柔軟です。
優しさ、思いやり、いたわりの心。
ソレをこども達に教えるなら
優しく接してあげるべき友達
思いやるべき友達
いたわるべき友達。
そんな存在も大切だと思います。
言葉で教えるより、黒板で教えるより
体験させる事が何よりの育ちになると思います。
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