別れの言葉もないままに | hideのブログ 越えて生きていく 急性前骨髄球性白血病 (APL)

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2015年2月24日に白血病を告知され緊急入院、同年11月28日まで入院、通院にて抗がん剤治療を受ける。
2016年1月より2年間の維持療法開始、職場復帰を果たす。
2017年11月に維持療法を終えて経過観察に入る。
白血病越えて生きていくオッサンの記録です。

2017 9 14 追記

姉さんは俺の維持療法最終クールのアムノレイクを全て飲み終えた日に亡くなった。

きっと俺の病気を持って行ってくれたんだね。

だから俺は、これからもっともっと元気にならないと姉さんに申し訳ないね。

ありがとう。





私が新入社員の時からお世話になっていた同じ会社の女性の先輩、彼女はとても美
人で、明るく、私を含め周りの男達が放っておかないタイプだ。



彼女が若かったころ、「ミス○○」にも選ばれたことがあるらしい。



会社の中では普通に仲の良い俺から見たら姉御といった存在だ。










そんな姉さんが10年以上前に乳がんになり、手術をして社会復帰していた。



職場復帰してからは病気になる前と同じように元気に職場で働いていたし、時々皆で一緒に飲みにも出かけたりした仲だった。










私が白血病の治療で入院している時に姉さんの病気が再発、骨転移し、治療の為に彼女も同時期に同じ病院に入院していた。



昔から知ってる者同士、姉さんと俺が同じ病院で同じ空を見ながらラインしてるなんてね・・・頑張ろう!ってお互い励まし合っていた。



私が先に治療を終えて退院し、姉さんも背骨に骨転移した部分の手術をし、抗がん剤などの治療もして退院でき、お互い喜び合っていた。










しかし、姉さんは再び体調不良で退院から僅か一月で入院、、、病気は脳に転移していた。



その後の姉さんの容態はずっと良くなかった。



姉さんは長期間入院して治療を受けていたが、結局完治が望めないまま退院し、通院で治療を続けることになったようだ。



退院して社会復帰、体調回復していく私、容態が悪くなっていく姉さん、そんな姉さんから私に連絡をするのは辛くなってしまったようで、暫く音信不通になっていた。















昨夜、姉さんが亡くなったとの連絡を人伝に聞いた。



あぁ、、、せめて姉さんに一度だけでも会いたかった。



はー、、、、、人生ってなんて儚いもんなんだろう。



電話やメールで何で俺達がこんな思いをするんだろうねって良く話していたね、辛かったね、でも姉さんよく頑張ったよ、有難う、さようなら。