
ただ、記憶だけは時間の経過と共に薄れていくのは、僕の脳の問題かな

わかなの最期の頑張りを、しばらく振り返ってみたいと思います。
※長文になりますので、本当にお暇な方だけ読んで下さいね。悪しからず・・・。
~わかなの旅立ち2日前~
2月の後半からサチュの数値が低空飛行気味で、肺炎を起こしたり挿管したりと安定しない状況が続き、当初懸念していた心臓よりも肺の機能低下が急速に進行していました。
2月前半までは、100%自発呼吸で酸素の手助けを借りることもなかったのですが…。
そして3月の下旬からは、病院の配慮で面会時間と両親以外の面会を特例でフリーにしていただきました。
理由は面会時間が20時迄なのですが、仕事終わりが21時とかなので、パパは週に1回程度しか会うことが出来なかったのです。
少し具合が悪いと聞けば面会終了15分前に駆け込んだりしていましたが、それでも会える時間が増えるのは、有難い。
パパがわかなと最期を過ごしたのも、亡くなる2日前の面会時間を過ぎた消灯後でした。
この頃は、ミルクは消化していたものの、肺の負担を軽減するためにほとんど寝ている状況でした。
いつものように頭を撫でたり、足を擽ってみたり。
いろいろちょっかいを出しては起こしてやろうとするのですが、起きる気配は全くない…。

このとき、かーちゃんが
「わかなにチューしてあげて。」
と普段言わないことを言ったのです。
とーちゃん、照れ臭くて
「うん、また今度な。」と。
とーちゃん、わかなのことで一番後悔しているのは、この事です。
また明日がある・・・。
いつの間にか勝手にそう思い込んでいた自分が情けなくて、恥ずかしくて。
翌日は仕事上会えないことが分かっていたので、いつものように、
「ほな、わかなまた今度な。」
と言って帰ろうとしました。
その瞬間、わかながほんの僅かな時間でしたが、目を見開いてとーちゃんを見つめてくれたんです。

そして、それが僕とわかなの最期の瞬間でした。
あの瞬間、わかなは何を伝えたかったのだろう・・・。
あの瞬間、わかなは何を望んだのだろう・・・。
もしかしたら
「あっ、とーちゃん来たの
」くらいの感じかな・・・。
チュー
してやれなかったこと、とーちゃんは後悔しています。まあ、わかなは嫌がったかもしれませんけどね。

昨日食べた晩御飯のメニューは全く覚えていないとーちゃんですが、あの瞬間のわかなの眼差しは一生涯忘れることはありません…。

とーちゃんが最後にわかなを抱っこしたときの1枚です。
…つづく。