いつもと変わらない朝でした。
日曜日でしたが、とーちゃんは朝から仕事に行き、かーちゃんはいつものように午後からわかなの面会に行きました。
普段は夕方かーちゃんに
「わかなの様子どうやった
」とLINEでやりとりするのですが、この日だけは次の接客まで時間が空いたので、珍しくかーちゃんに電話しました。
僕 「わかな、どう?」
かーちゃん「元気やったよ。久しぶりに抱っこさせて貰ったよ。
」挿管で抱っこの機会も制限されていたので、本当に久しぶりの抱っこ。
もちろん、わかな自身が一番喜んだに違いありません。
少し安心したとーちゃんは、仕事先に向かっていました。
そんなかーちゃんとの電話から、1時間後のこと…。
わかなの主治医から、電話がありました。そして、それが病院からの僕にあった最初で最後の電話になりました。
わかなが生まれた当初は、携帯が鳴るのが恐くて仕方ありませんでした。
昼間であれ深夜であれ、何時病院から呼び出されるのかと、ずっと不安でした。
けれど、わかなが亡くなるまで呼び出されることは、結局一度もありませんでした。
わかな、本当に親孝行なんです。
主治医「お父さん、今すぐ来てください。」
僕「あ、夜の面会はママがもうすぐ行くと思いますよ。何かあれば、ママに伝えて下さい。」
主治医「ママは今懸命にわかなちゃんを励ましています。お父さんも今直ぐこられますか?いや、直ぐに来てください!」
さっきまで元気だったのに…。
さっきまで、ママに抱っこしてもらい、ご機嫌だったのに…。
接客予定のお客様に断りを入れ、直ぐに病院に向かいました。
NICUに到着すると、わかなのベッドの周囲はパーテーションで既に囲われていました。
それが何を意味するかは瞬時に理解出来ました。
そこには、ママとばあばに抱かれたわかながいました。
ただいつもと違うのは、呼吸器も点滴も外されていた、ありのままのわかなの姿でした。
「わかな、頑張ったよ。本当に良く頑張ったよ。」
かーちゃんは、何度も繰り返し言いました。
最期はかーちゃんの手で呼吸器を外し、わかなは静かに旅立ちました。
我が子の亡骸を目の当たりにする…。
本来、人生でこれほど残酷な状況はあまり無いと思います。もちろん、溢れる涙は止まりません。
でもその空間には、何故かとても温かく、そして穏やかな気持ちにさせてくれるとても不思議な空気が流れていたのです。
暫くして主治医から説明がありました。亡くなる前の数日間は数値的にはなぜ生きていられるのか不思議な位で、主治医も「もしかしたら、この娘はあり得ない数値でも生き続けるのでは?」と思わせる程の頑張りを見せてくれました。
この日は日曜日にもかかわらず、主治医の先生と、わかなをとても可愛がってくれた看護師さんが担当の日でした。
きっとわかなは自分でこの日を選んだような気がします。
