日本プロレス | 歴史を感じよう

歴史を感じよう

日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

コアラ前回はこちら⬇️


1970年7月、ドリーファンクジュニアはNWA世界ヘビー級チャンピオンとして再び日本プロレスに参戦。




今回は弟のテリーファンクも初参戦しました。


コアラテリーは初来日だね


7月30日、大阪でドリーとジャイアント馬場さんの対戦。


馬場さんがドリーのNWAタイトルに挑戦…と思いきや、






なんと!


馬場さんの持つインターナショナルヘビー級タイトルにドリーが挑戦したのです。


コアラこの試合、馬場さんが真夏の暑さで,キツかった試合と上げたんだよね



あれ?世界チャンピオンがインターに挑戦…なぜに?


この試合は引き分けでした。



8月3日、福岡でアントニオ猪木さんがドリーのNWAタイトルに挑戦。






ん?猪木さんが挑戦…馬場さんの挑戦は?



コアラこの試合は60分3本勝負で1ー1の後、時間切れ引き分けなんだよ




馬場さんのNWAはこのシリーズはなく…



翌1971年11月末に再びドリーはNWA世界ヘビー級チャンピオンのまま、来日。


この時は猪木さんがドリーのNWAタイトルに挑戦…の予定が怪我で坂口征二が代打で挑戦。




コアラ猪木さんはこの後、日本プロレスを追放されるんだよね



ドリーのNWA世界ヘビー級チャンピオンとしての来日はこれが最後でした。


そしてNWA世界ヘビー級チャンピオンの日本プロレスの参戦もこれが最後でした。





つづく