1970年7月、ドリーファンクジュニアはNWA世界ヘビー級チャンピオンとして再び日本プロレスに参戦。
今回は弟のテリーファンクも初参戦しました。
テリーは初来日だね
7月30日、大阪でドリーとジャイアント馬場さんの対戦。
馬場さんがドリーのNWAタイトルに挑戦…と思いきや、
なんと!
馬場さんの持つインターナショナルヘビー級タイトルにドリーが挑戦したのです。
この試合、馬場さんが真夏の暑さで,キツかった試合と上げたんだよね
あれ?世界チャンピオンがインターに挑戦…なぜに?
この試合は引き分けでした。
8月3日、福岡でアントニオ猪木さんがドリーのNWAタイトルに挑戦。
ん?猪木さんが挑戦…馬場さんの挑戦は?
この試合は60分3本勝負で1ー1の後、時間切れ引き分けなんだよ
馬場さんのNWAはこのシリーズはなく…
翌1971年11月末に再びドリーはNWA世界ヘビー級チャンピオンのまま、来日。
この時は猪木さんがドリーのNWAタイトルに挑戦…の予定が怪我で坂口征二が代打で挑戦。
猪木さんはこの後、日本プロレスを追放されるんだよね
ドリーのNWA世界ヘビー級チャンピオンとしての来日はこれが最後でした。
そしてNWA世界ヘビー級チャンピオンの日本プロレスの参戦もこれが最後でした。
つづく












