「ジャイアント馬場さんが全日本プロレスを見せる時」最終回です。
1996年9月の川田利明のUインター神宮大会参戦で全日本プロレスは開国と呼ばれました。
同年11月16日、世界最強タッグ決定リーグ戦の開幕戦に、
新日本プロレスで引退試合を行なっていた馳浩が馬場さんとリングに上がり、全日本プロレス入団を発表したのです。
馳さんは引退とは思ってなかったんだよね。当時、参議院議員だったけど、入団してスポット参戦したんだな
最強タッグ中の札幌大会には藤原喜明、ドン荒川が参戦。
翌1997年にはFMWの大仁田厚と馬場さんが秘密裏に会談。
これはFMWのハヤブサが小橋健太との対戦を望んでいることより実現したもので、馬場さんはハヤブサの全日本プロレス参戦を快諾したのです。
ハヤブサは4月の大阪大会から参戦したんだよね
その後、バトラーズの池田大輔、みちのくプロレスの新崎人生らが全日本プロレスに参戦したのです。
そして、9月28日…
小橋がハヤブサのFMWの川崎球場大会に参戦したのです。
カードはハヤブサ、新崎人生vs小橋健太、マウナケア・モスマン。
結果は小橋がハヤブサにフォール勝ち。
小橋とハヤブサは全日本プロレスのリングで、先にタッグで対戦して、これが2度でした。
ハヤブサと新崎人生さんは馬場さんに認められて最強タッグにも参戦したんだよね
全日本プロレスの選手が他団体のリングに上がり、チケットが売れ、試合も最高を見せてくれる…まさに馬場さんが見せた全日本プロレスのハイレベルのプロレスでした。
これぞ王道。
終わり










