暴れん坊を頼れ〜第67話 平治の乱 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次




我に任せろ!

私は源為朝(みなもとのためとも)の孫、里子(さとこ)です。


為朝が流罪となり伊豆大島に流され、



為朝の母、(ひかり)と為朝の娘、里香(りか)は義朝(よしとも)の計らいで信濃守・源重遠(みなもとのしげとお)の長男、浦野重直(うらのしげなお)に預けられました。


コアラ重遠さんは保元の乱では義朝さんと同じ後白河天皇(ごしらかわてんのう)側に参加したんだよ




光や里香は重直の所領の尾張国の浦野に行き、幼子だった里香はそこで育てられました。




京では後白河天皇(ごしらかわてんのう」が譲位、新たに即位したのが二条天皇(にじょうてんのう)です。


二条天皇



平治元年(1160年)に平治の乱が起きました。



保元の乱の後、政に関わっていた信西(しんぜい)は義朝や反・信西派の藤原信頼(ふじわらののぶより)らに攻められ、一度は逃げましたが見つけられ、自害…その首は京でさらされたのです。



コアラ中央の武士の薙刀に結ばれているのが信西さんの首なんだ



政を握ったと思われた信頼や義朝らでしたが、信頼らを快く思わない一派が平清盛(たいらのきよもり)と共に策略で二条天皇が清盛の六波羅邸に行幸。


平清盛


これにより信頼や義朝らは賊軍となり、清盛の軍勢と合戦となりましたが敗北…



義朝は敗走しましたが尾張国で家人であった長田忠致(おさだただむね)の裏切りに遭い、殺害されたのです。





義朝の三男、源頼朝(みなもとのよりとも)は死を免れ、伊豆に流罪となったのでした。



コアラ頼朝さんは伊豆で後に正室となる北条政子(ほうじょうまさこ)さんと会ってるんだよね





平治の乱に勝利した清盛は政に関与し、平氏政権を行なっていくようになるのです。





世の中が変わっていくのを他所に伊豆大島に流された為朝は…



なんと外された肘が治り、再び弓を引けるようになっていたのでした…





つづく…







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