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我に任せろ!
私は源為朝(みなもとのためとも)の孫、里子(さとこ)です。
為朝が流罪となり伊豆大島に流され、
為朝の母、光(ひかり)と為朝の娘、里香(りか)は義朝(よしとも)の計らいで信濃守・源重遠(みなもとのしげとお)の長男、浦野重直(うらのしげなお)に預けられました。
重遠さんは保元の乱では義朝さんと同じ後白河天皇(ごしらかわてんのう)側に参加したんだよ
光や里香は重直の所領の尾張国の浦野に行き、幼子だった里香はそこで育てられました。
京では後白河天皇(ごしらかわてんのう」が譲位、新たに即位したのが二条天皇(にじょうてんのう)です。
二条天皇
平治元年(1160年)に平治の乱が起きました。
保元の乱の後、政に関わっていた信西(しんぜい)は義朝や反・信西派の藤原信頼(ふじわらののぶより)らに攻められ、一度は逃げましたが見つけられ、自害…その首は京でさらされたのです。
中央の武士の薙刀に結ばれているのが信西さんの首なんだ
政を握ったと思われた信頼や義朝らでしたが、信頼らを快く思わない一派が平清盛(たいらのきよもり)と共に策略で二条天皇が清盛の六波羅邸に行幸。
平清盛
これにより信頼や義朝らは賊軍となり、清盛の軍勢と合戦となりましたが敗北…
義朝は敗走しましたが尾張国で家人であった長田忠致(おさだただむね)の裏切りに遭い、殺害されたのです。
義朝の三男、源頼朝(みなもとのよりとも)は死を免れ、伊豆に流罪となったのでした。
頼朝さんは伊豆で後に正室となる北条政子(ほうじょうまさこ)さんと会ってるんだよね
平治の乱に勝利した清盛は政に関与し、平氏政権を行なっていくようになるのです。
世の中が変わっていくのを他所に伊豆大島に流された為朝は…
なんと外された肘が治り、再び弓を引けるようになっていたのでした…
つづく…












