若きジャンボは善戦マン〜対ドリーファンクジュニア | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」


コアラ不定期連載「若きジャンボは善戦マン」、第2回だね



第2回はドリーファンクジュニアとの対戦。



コアラ⬆️NWA世界ヘビー級チャンピオン時代のドリーさんだね



ドリーはジャンボ鶴田がプロレス入りしてアメリカ修行の時のトレーニングをしてくれたアメリカの師匠ですね。



ジャンボが凱旋帰国し、日本でドリーとテリーザ・ファンクス馬場さんとのタッグでの対戦は有名ですね。





コアラこれでジャンボがメインイベンターにのし上がったんだよね




ジャンボが日本で初めてシングルマッチでメインを取ったのがドリーとの一戦でした。


1974年の8月に行われました。




当時は3本勝負が主流でした。





⬆️このジャンボのコスチューム…若いけど…派手だなぁ



試合は2人のスパーリングをしているような展開。







まるでアメリカでのトレーニングの続きって感じですが、当時のプロレスはこんな展開が多かった気がします。



1本目はドリーがバックドロップから、




ダブルアームスープレックスを決め、フォール勝ち。




コアラドリーさんの投げは高く上げて落とす感じだよね




2本目はドリーがドロップキックを失敗し、頭をマットに打ったところを、




ジャンボがギロチンドロップを決めてフォール勝ち。


コアラジャンボのギロチンドロップは珍しいね



3本目はジャンボがサイドスープレックス、フロントスープレックスと決めましたが、







ドリーのリバーススープレックス2連発でフォール勝ち。





ジャンボは善戦はしましたが、ドリーとの差はまだまだと感じた試合でした。



この後、ジャンボはドリーとシングルの対戦はありますが、フォール勝ちはありません。


多分…最後のシングルの対戦は1986年の年末の世界最強タッグ決定リーグ戦のシリーズ中に行われ、




30分戦い、時間切れ引き分けで終わっています。


この試合も2人のスパーリングみたいな展開。




この時は善戦マンを脱したジャンボだったのに、ドリーの前では若い頃に戻ったようでした。




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